おっぱい爆発事件からの3.11

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おっぱい爆発事件からの3.11

 お姉ちゃんは陥没乳首(かんぼつちくび)なのだという。  これは病気ではないが、文字通り、乳首の先が内側に陥没しているため、このまま放置すると、将来、赤ちゃんを産んだ時に母乳を与えられないのだそうだ。乳首を口に含めないからだ。 「なんていうか、おっぱいの内側から乳首をひもで引っ張られてるような感じで、いくらほじくりだしてもすぐもとに戻っちゃうんだよね。垢も溜まるし」  将来、なるべくいいお母さんになりたいと夢見ているさーちゃんは、これはぜひともなんとかせねばなるまいと思った。  そんな時、風呂に入っていてふと目に留まったのが、シャンプーボトルのポンプだった。  それを見て、ピンとひらめいたさーちゃんは、その後、風呂に入るたびに、シャンプーのポンプを陥没乳首に当てて、スコスコと吸い出すことに専念したのだ。  ところが、当たり前だがシャンプーポンプは、もともとそんなことをするために作られていない。しかも、先の尖ったポンプの先端が、どうやら皮膚の薄い乳首を傷つけていたらしい。  その傷から、運悪くバイキンの入ったおっぱいは、見事に乳腺炎を引き起した。 「すんごいイタイの」  でしょーね。  ももちゃんとお母さんは、もはや声も出せずに笑っている。  左乳だけ異様に腫れあがるおっぱい。熱と膿を持ち激しく痛む上に、日に日に腫れあがってくる。しかし、こんなことになった原因を病院で説明するなんて恥ずかしすぎる。  そこでさーちゃんは、炎症は自分の免疫力に頼ることにして、痛み止めのボルタレンを買い込み、独力で痛みと戦うことにした。  ところが、痛みはなかなか治まらない。胃に悪いとわかってはいても、用法容量を無視して薬を飲んだ。  気づくと、おしっこの色が黒っぽい。  ああ、しまった、とうとう胃潰瘍になってしまったらしい。  胃潰瘍も悪化すると、おしっこにまで影響してくるのかと思った。  もはやおっぱいが痛いんだか、腹が痛いんだかわからなくなってしまった。  体調は最悪だ。  これはもう、病院に行くしかあるまい。食欲もあまりないが、食べなければまずいだろう。もともと食べるのは好きだ。  そういえば、胃は左側に向かって曲がっているので、食べた後、左を下にして寝転がれば、なんとか消化の助けになるに違いない――― 「ちょ、ちょっと待ってさーちゃん」  興が乗っているさーちゃんには悪いが、話の途中で私は言った。 「ん?」  この数か月、目詰まりを起こして、体内で溜まりにたまっていた消化液が、管を通してどんどん抜かれているので、だいぶすっきりしているさーちゃんは、機嫌よく応じた。 「結局、おしっこの色が黒いのとか、お腹の腫れって、今のこの、えーと、たんかんのうしゅ? が関係してるんでしょ? おっぱい爆発は関係ないよね?」 「まぁ、そうなんだよね。おしっこが黒っぽかったのは、胆汁が腎臓まであふれてたからかな? でもまぁ、時期がかぶってるから勘違いしちゃうよね」  てへ。  とばつが悪そうに笑うさーちゃんに呆れた。  薬の用法容量も守れないこういう人が、薬剤師になっていいのだろうか。  私のそんな思いも知らず、さっきからももちゃんとお母さんは、腹筋が崩壊するのじゃないかというほどずーっと笑っている。 「そんで、おっぱいはいつ爆発するの?」  ももちゃんが苦しそうに言った。笑いすぎだ。 「うん、その後まもなく爆発するわけよ。もうね、部屋中が悪臭に包まれ、でかいマグカップ一杯分の膿が出た。それが臭いのなんの……」 「ひえ~! 乳首から!?」  お母さんが悲鳴を上げた。 「いや、なんかこの辺り……」  さーちゃんがTシャツをめくって、左のおっぱいの乳首から数センチほど離れたところを指さした。  確かにそこには、でっかいニキビがつぶれたような跡が残っていた。乳首がもう一つあるみたいだ。 「ひえええ」  三人同時に悲鳴を上げた。  そこへ看護師さんが入ってきた。 「楽しそうですね~。他の患者さんの迷惑にならないようにお願いしますね」  そういわれてすみませんと、私たちは慌てて口をつぐんだ。 「ボトルに溜まった胆汁、回収しますね。ちょっと失礼」  そういうと、看護師さんは、お姉ちゃんのお腹に刺された管の先についている、プラスチックの平たいボトルのふたを開けた。ウィスキー・ボトルのような形だ。  それには、お姉ちゃんの体の中から出た、濃く黄色いトロリと粘りのある液体が溜まっている。ボトルがいっぱいになる前に、定期的に捨てているのだそうだ。 「その黄色い液体、なんですか? おしっこじゃないですよね?」  お母さんが聞いた。 「ああ、これ胆汁なんです。胆のう通らないと、胆汁って黄色いんですよ」  言いながら看護師さんは手際よく、ボトルに溜まった胆汁を、取手のついた口の広い別のプラスチック容器に移し替えている。 「へえ……」  私たちは、なんとなく無言で看護師さんの手元を覗き込んでいた。 「それ、臭いんですか?」  再びお母さんが聞いた。 「え、これ? これはそんなに……」  言いながら、看護師さんが確かめるように、ボトルの口を自分の鼻に近づけて匂いを嗅いだ。 「うん、ほら」  看護師さんがボトルを私たちに差し出した。  さーちゃんを除く私とももちゃんとお母さんは、反射的に差し出されたボトルの口に鼻を寄せた。 「あ、ホントだ。ちょっと、生臭い感じ?」  お母さんが言った。 「うん、まぁ、臭いって程じゃないね」  ももちゃんもそれに同意した。 「でしょ。ホントに臭いのは膿んだ血液で、あれはヤバいです」  私たちと一緒に胆汁の匂いを嗅いでいた看護師さんが言った。  もしかしたらそれは、さーちゃんのおっぱいから出て、部屋中を臭くした膿と同じなのだ。きっと。「へえ」と言いながら、私たちは確かめるように、何度かさーちゃんの体から出ている胆汁の匂いをクンクン嗅いだ。  その時、さーちゃんの小さな声が聞こえた。 「やめてやめてやめて」  ベッドの上で恥ずかしそうに顔を赤くして身をよじっていた。  あ、そっか、恥ずかしいんだ。  うんまぁ、そりゃそっか。  でもまぁ、広いこの世界、家族の胆汁のにおいを嗅いだことがあるのは、私たちぐらいだと思う。  そうはいっても、さーちゃんの病気は、思った以上に厄介だった。  がんの危険を孕んでいたのだ。そしてそれは、最終的に、手術で体を開けてみなければわからないと言うことだった。  強力な消化液によって爛れた消化管は、胆のうと一緒に手術でとってしまう以外なかったのだが、その際、肝臓を温存するか大きく取ってしまうかで、医師の意見が分かれたのだそうだ。  一度傷んでしまった消化管は、元の状態に回復しないのだそうで、それをそのまま放置すると、高確率でがん化する。  実際、胆管膿腫でやってくる患者の多くが、20代の後半から30代の初めで、がんで担ぎ込まれることが多いのだそうだ。そうなって初めて、自覚症状が現れるということなのだろう。  さーちゃんはこのとき、23歳の誕生日を目前に控えていた。  今のところ、さーちゃんの患部にがんは発見されなかった。しかし、手術だけではどうしても取り切れない、肝臓の中に残っている胆管をどうするかという課題が残った。リスクを最小限にするのなら、いま、開腹手術をするこのタイミングで肝臓ごと取ってしまうのがいい。がん化してから再び開腹手術は負担が大きいのではないかというわけだ。  しかし、傷んだ胆管が必ずがん化するとは限らない。その場合、健康な肝臓をとってしまうことになるわけで、いくら再生するとは言っても、肝臓を半分失うリスクは必ずある。  つまり、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を取るか、がんのリスクを軽減するかだ。この結論に、医師たちが多くの時間を割いたのはいくつか理由がある。  ひとつには、この病院でさーちゃんの症例を経験したことがないということ。  もうひとつは、今のところ差し迫った症状がないので、多少時間に余裕があること。  そして最後のひとつは、3.11、東日本大震災だった。  当日、千葉県の北西部に位置する我が家の被害は、幸いにもいくつかの食器が割れたことと、本棚の本が全部飛び出した程度のものだった。  そこからほど近い、さーちゃんが入院していた病院は、ドクターヘリを擁する災害指定病院だったこともあって、お姉ちゃんは家族のだれよりも安全な場所にいたと言える。ところが、そんな病院にいたからこそ、災害直後は逆に、震災被害者を優先的に受け入れるべく、なるべく活きのいい患者から、一時退院させられるという思わぬ動きがあった。  そう、この大騒動の中、脇腹に管を刺したまま、お姉ちゃんが家に帰ってきたのである。  病院が『活きのいい患者』と判断してくれるのはいいが、その管の先には、例の胆汁入りのプラスチックのボトルがついている。ボトルの中身は、頃合いを見計らってトイレに捨てていいといわれたが、なんというか、その姿はじわじわくるインパクトがある。  考えてもみてほしい。  例えば、あなたがファミレスで働いていたとして、入ってきた若い女の子の姿に、一瞬違和感を抱く。  よおく見れば、何かの管がセーターの裾から伸びていて、片手にプラスチックのボトルを持っている。見慣れないものだから、最初はなんだかよくわからない。しかし、お水を持って行ったり、オーダーを取りに何度かテーブルに訪れて初めて、 ――あれ? この管、このお客さんの体に繋がってないか? もしかして、元気そうに見えるけど体が悪い人? っていうか、テーブルに無造作に乗せられた、この黄色い液体の入ったボトルなに? まさか、まさか、おしっ……  私なら思う。もう絶対に。  そんな状況をまったく気にしていなかったのは本人だけで、むしろ少し楽しんでいたかもしれない。さーちゃんは胆汁の入っているボトルを片手に、どこへでもふらふらと出かけて行った。  さすがに車の運転はできなかったので、遠出をするときは常にお母さんが付き添ったが、ご飯を食べに行ったり、花見を楽しんだり、ガラケーをスマホに買い替えたり、大学まで単位の調整をしに行ったりと、なかなかの行動派だった。ちなみに、外出先で何度か、ボトルの中身をうっかりぶちまけるという失敗をやらかしている。  おりしも世の中は、未曽有の災害の中で悲嘆に暮れていたのだが、一見、少し浮かれているようにすら見えるお姉ちゃんを、どうか許してほしい。お姉ちゃんには、確実に、その後厳しい手術が待っていたし、肝臓はどうなるかわからなかったが、胆のうと胆管が取り除かれてしまうのは確実だった。  多かれ少なかれ、お姉ちゃんは一生付き合っていかなければならない、病気のリスクを抱えて生きていくことになるのだ。  そしてその年の3月31日、アニメ化に先駆けて、お姉ちゃんの最初のコミックが出版された。  その日を境に、我が家は劇的な変化を迎えた――なんてことは一切なく、本屋さんの店頭に並んだコミックを見て、私たちのテンションがわっと上がったのと、パート先ですっかりヌシ化しているお母さんのゴリ押しで、ご協力いただいた本屋さんで、お母さんが自分の本を自分で売るという貴重な体験をしただけだ。  桜がきれいさっぱり散り、日差しを浴びると少し汗ばむころ、さーちゃんは大きな手術をした。  結論だけ先に言えば、術後も行われた精緻な検査の結果、がんは発見されなかった。   胆管と胆のうは失われたが、とりあえず肝臓は無事だ。  ついでに言えば、私とももちゃんの肝臓も無事だ。関係ないじゃんとおっしゃるなかれ。一時期、生体肝移植も視野に入っていたお姉ちゃんの治療に、誰の肝臓を移植するのかという話になったことがあるのだ。  つまりドナーだ。   お姉ちゃんのおかげで、中途半端に医療知識のある久子の説明によると、移植条件に必要なもののひとつに、HLAという免疫抗体の型が合致することがあった。  それは、他人同士で三万人に一人、ところが、兄弟姉妹間なら四人に一人の高確率で完全に合致する。両親からそれぞれ半分ずつ受け継ぐ免疫抗体は、親の場合どうしても50%しかない。肝臓移植にどのぐらいの精度が必要かは知らないが、完全に合致する方がいいに決まっている。そこでお母さんはある日、私とももちゃんに、 「お姉ちゃんに肝臓を少し分けてやってくれないかな」  と言ったのだ。さして考えず、私とももちゃんは口をそろえて言った。 「いいよ」  すると久子は、私たちが意味を理解していないと思ったのか、「えーと…」と言いながら、もう少し丁寧に説明し始めた。それを遮って私たちはもう一度言った。 「だからいいってば」 「いいの? あんたたちも手術するのよ?」 「わかってるってば。だって、さーちゃん死なせるわけにはいかないじゃん」  またしても、私とももちゃんの口が揃った。お互いに、顔を見合わせて笑ってしまった。  そんな私たちを見ながら、お母さんも笑っている。  お母さんだって、自分の型が合致するなら、真っ先に差し出していただろう。  私たちはその点で、誰一人迷ったりしないのだ。  これぞ花井家の家族愛。えへん。    でも結局、さーちゃんの肝臓も私たちの肝臓も無事だったというわけだ。  結局はがんも見つからなかったし、病気発症のタイミングが良く、大学も大いに骨を折ってくれたおかげで単位も無事だったし、病院実習の時期も調整してもらえた。  我が家では震災の被害もなかったし、コミックも出た。大きな手術を終え、予後もよく、スッキリしたさーちゃんは、夏前には無事銚子に戻っていった。 「いやー、今年はホントにラッキーな一年だった!」  年の瀬も推し迫ったある日、そう言ったのはさーちゃんだ。 「そうか?」  お母さんが、なに言ってんのあんたという顔でさーちゃん見た。 「確かに、コミック出せたのはすごいラッキーだったけど、病気と手術までラッキーに含まれないでしょ」 「ああ、確かに。じゃあ、普通の一年だった」 「普通じゃねーわ!」  ももちゃんがツッコんだ。 「要するにまぁ、プラマイゼロ?」 「うーん……」  全員口をそろえて考え込んでしまった。  でもまぁ、一番大変だったさーちゃんが、ラッキーな一年だというなら、そうか。そういうもんか。  ま、いっか。  うん。
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