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♪第一話:黒縁眼鏡の男の子
わたし、本城美結(ほんじょうみゆ)は購買に今日一日の眠たい授業を乗り切ったご褒美を買いにきた。
高校に入学してから約一年、ご褒美が欲しいと思って手に入らなかったことは一回もない。しかし今日は何だか様子がおかしい。わたしはピタリと足を止めた。
自動販売機の前に珍しく人の影、男子生徒だ。放課後は部活動の関係で外の自動販売機を使う生徒が多いから、この時間帯にここで人と出くわすことは早々ない。
普段と違う何かが起こると続けてよくないことが起こる気がする。そう言えば今日の星占い、十二位だった。忘れたままでいればいいような余計なことまで思い出しちゃったりして。
ガコン、と音が聞こえた。
間違いない、缶の音だ。
わたしは大股で男子生徒に近づき、その手元を覗き込んだ。
「わああああっ!」
「ああああー!」
男子生徒とわたしの驚嘆は重なった。だけどわたしの視線は男子生徒の手元から動かない。彼が握っているのはうさぎのイラストが描かれた果汁百パーセントのピーチジュースの缶。濃厚なのに炭酸のシュワッと弾ける爽快感が堪らない、まさにわたしのご褒美。
嫌な予感からわたしの視線はすぐに自動販売機のボタンに移る。オレンジ色の〈売切〉の文字が目にじりじりと焼きついた。本日最後のひとつだったのだ。外の自動販売機にこの商品は入っていない。ようやくわたしの視線はしゃがんだままわたしを見上げている男子生徒に下りた。
何のお洒落も意識していない短髪の黒髪、学ランのボタンも一番上まで閉まっている。さらには大きめの黒縁眼鏡で典型的な地味系男子。くそう、申しわけないけどこんな鈍臭そうな人に先を越されるなんて不覚だった。手に入らなかったことはない記録が途絶えたのはちょっと残念だけど仕方ない。
わたしが立ち去ろうとしたその時だった。
「あ! ああああのあのっ! あ、ああああ、あのっ!」
男子生徒が声をかけてきた。かなり必死だ。やばい、オタク系な人って実際こんなにどもるんだ。未だかつてこんなにも人から怯えられたことなんてあっただろうか。男子生徒の身体の震えは尋常じゃない。例えるなら生まれたての子鹿だ。
「ど、どうぞ。これ、どうぞ!」
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