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 私は猫である。  名前はもうある。 「ほらほら、クロ。こっち向いて!」  クロというのが、私の名である。  黒毛の猫だから、クロ。捻りも何もない。何とも安直なネーミングであると言わざるを得ない。だけど、名付け親であり我が主人でもあるこの女性は、いつも楽しそうに私の名を呼ぶ。 「そうそう、そのカメラ目線が良い感じ~」  ことあるごとに、主人はスマホなるものを私に向けてくる。  スマホとは何とも不思議なものだ。色々なことが出来てしまう。平べったいこの板で、写真やら映像やらが撮れるらしいのだ。  主人は猫を――主に私を――撮るのが大好きだ。  私の専属カメラマンを自認しているようで、毎日毎日飽きもせずに飼い猫の姿を激写してはいそいそとネットとやらに掲載している。便利な世の中になったもので、今は誰だって手軽に情報を発信できるようになった。  我々猫の画も電子の海に、無数に漂っている。 「よしよし、今日の分はこんなものかな」  百回以上シャッターを押し終えた主人は、満足しきったようなほくほく顔。  一方、私はぐったりと床に伏していた。正直、撮られるのはあまり好きではない。何と言うか、一枚写真を撮られるごとに魂を吸われているような気分になる。これは猫であれば多かれ少なかれ抱く感慨である。  モデル料として高級猫缶でも貰わねば割に合わないと考えなくもないが。他に趣味らしい趣味もない主人が、子供のごとくはしゃいでいるのを見ているとそう強くも出られない。   それに一応、主人には恩義がある。  私は数年前まで野良の猫であった。喰うに困り、外の世界で野垂れ死にそうだったところを主人に拾われたのだ。猫は薄情な生き物などと言われているが、薄情なりに思うところがなくもない。  あの冷たい雨の日に、主人が通りかからなければと思うとぞっとする。  なればこそ、多少のことには目をつむる所存である。 「ふふふ~。今日もまた美人に撮れたよ、クロ~。見てごらん」  上機嫌な主人が撮ったばかりの画像を強引に見せてくる。まったく興味はないが、これも礼儀の一環として私は寝そべったまま顔を少し動かした。  もじゃもじゃとおさまりの悪い真っ黒な毛に囲まれた顔。  病気の後遺症で半分潰れた細い目。  体質なのかスリムというよりはガリガリ気味な身体。
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