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先輩は、突然驚いたように言葉を失う。目を丸くし、じっと僕を見ていた。
「え、ええと……先輩?」
「え? あ、ああ……うん……ごめん……」
すると今度は、表情を伏せてしまった。さっきまでの勢いはどこかへ行き、視線を泳がせる彼女。
「ね、ねえ……それってさ、景色のこと……だよね?」
「え?」
あまりに当たり前すぎて、今度は僕が呆けてしまった。
「い、いやいいの! なんでもない! なんでもないから……!」
先輩は慌ててそう言うと、持っていた紙コップのジュースを一気に飲み干す。
そしてそのまま、空を見上げた。
「……本当だね。凄く、綺麗だね……」
先輩は笑顔を浮かべる。その頬は、どこか桜色に染まっているように見えた。そして彼女は、静かに口を開く。
「……あのさ、あんな綺麗な月、見たことある?」
「さぁ……分かりません」
「私さ、あんな月、初めて見た気がする。これまで何度も見たことがあるはずなのに、今日は特別に見えるなぁ……」
先輩は、顔を僕に向ける。そして、少し照れ臭そうに微笑んだ。
「……あんな月が見れたらさ……死んでもいい、かな……」
思考が固まる。
先輩が口にした言葉のインパクトが大きすぎて、すぐに整理できなかった。
「………………え゛っ?」
遅れて出たその言葉を聞き、先輩は声を出して笑った。
「アハハ……! ごめんごめん。驚いた?」
「そ、そりゃ驚きますよ……突然そんなこと言われたら……」
「ふふ。後輩くん、まだまだ修行が足りないようだねぇ」
「修行?」
言ってる意味が分からず、首を傾げる。
「なんでもないよ。それより、あっちに行こ。なんか話が盛り上がってるし」
そして先輩は、そそくさと立ち上がり僕の腕を引っ張る。
「え? え? 急にどうしたんですか?」
「いいからいいから。ほら、早く」
そのまま僕と先輩は、話の環の中に飛び込んでいった。
月灯りの下の宴は、まだまだ終わりそうにないようだ。
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