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「い、やだ……」
「西條さん……」
パニックに陥ってしまった私に佐尾くんがずっと話しかけてくれていたけれど、彼の言葉は何ひとつ意味を持って私の耳に響いてこなかった。
「西條さん」
耳を塞いだまま雨に濡れた地面にずるずると座り込んでしまった私を、佐尾くんが抱き起こそうとしてくれるけれど、足にうまく力が入らない。
耳を押さえていた手を少しずつずらして、前髪の上から手のひらで強く額を押さえる。雨に濡れた手は冷えて震えているのに、覆い隠した額だけが熱かった。
佐尾くんは、前髪の下に隠した私の秘密を見てどう思っただろう。
私の額には、幼い頃に遭った事故の傷痕がある。
それは、雨の日に起きた事故だった。
雨が降る度に思い出すのは、軋むブレーキの音と悲痛な母の叫び声。手のひらを染めた血の色と、傷を見たクラスメートの嘲笑。
子どもの頃からずっと、誰にも触れられないように隠してきた秘密。雨の日が嫌いな理由。
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