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「気にしないで。傘、返してくれてありがとう」
つま先同士で向かい合う佐尾くんの上履きに視線を落とし、肩にかけたスクールバッグの紐をきゅっと握る。
そのとき、距離を保って向かい合っていた佐尾くんの上履きの先が私のほうにジリリとにじり寄ってきた。
「西條さん」
名前を呼ばれると同時に、スクールバッグをかけていないほうの手首をつかまれる。
「顔、あげて。ちょっとだけでいいから」
反射的に後ずさってしまった私に向かって、佐尾くんがつぶやく。普段明るい佐尾くんには似合わない、切なさを含んだ声の響きに、胸がざわついた。
「西條さん……」
懇願するように名前を呼ばれてそっと顔をあげると、佐尾くんがほっとしたように表情を和らげた。
「この前はごめん」
ドクンと、小さく心臓が跳ねた。
佐尾くんのいう「ごめん」が、何をどこまで指しているのかは明確にはわからない。けれど、私を見つめる彼の瞳は清廉なまでに澄んでいて。同情で謝られているわけではないことは、なんとなくわかった。
「私のほうこそ、ごめんなさい。それから、ありがとう。従兄に連絡してくれて……」
「俺も動揺しちゃって、他に連絡先思いつかなかったんだけど……。すぐに来てもらえてよかった」
佐尾くんから愛おしむような優しい眼差しを向けられて、目のやり場に困る。
額の傷のことを知った佐尾くんは、もう私に話しかけてこないかもしれない。そんな可能性も視野にいれていたのに。今までにないくらい優しい表情で見つめられるなんて、予定外だ。
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