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「あの、佐尾くん? 私、一緒に帰るなんてひとことも……」
佐尾くんの背中に戸惑い気味に声をかけると、彼が立ち止まって振り向いた。
「早く帰らないと、このあともっと雨脚強くなるって」
雨、ひどくなるのか……。それは困る。
無言で渋い表情を浮かべる私を見て、佐尾くんが愉しそうに笑いかけてくる。
「帰らないの?」
「帰る、けど……」
渋々と足を一歩踏み出すと、佐尾くんが跳ねるように前に飛び出して私の数歩前を歩いていく。私と違って、佐尾くんの足取りは驚くほどに軽やかだ。
いつも明るい佐尾くんは、雨の日だって普段と変わらず楽しそうだ。
ジメジメとした、暗い雨の日が楽しいなんて。佐尾くんの気が知れない。
目の前で彼の茶色の頭髪がふわふわと機嫌良さげに揺れれば揺れるほど、私の心は憂鬱になっていく。
上履きをずるずると引きずって歩きながら昇降口につくと、佐尾くんがさも当然という顔で、下駄箱のそばの傘立てから私の傘を引っ張り出した。
その様子に茫然としているあいだに、靴に履き替えた佐尾くんが先に昇降口から出て行ってしまう。
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