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「ごめんな。ここ、お前ん家の前なのに、長いこと立ち止まっちゃって」
佐尾くんがそう言って、庭の柵へとおもむろに歩み寄って行く。そんな彼に、犬はますます警戒して低く唸った。
「佐尾くん、あんまり近付かないほうがいいかも。その子、捨てられて保健所にいたんだって。半年くらい前に、この家の人が保健所からもらってきたらしいんだけど、そのせいもあってものすごく警戒心が強いの。ここのお家の人以外には懐かなくて、毎日顔を見る近所の人のことも警戒して、威嚇してる」
下手に近付いて、刺激しないほうがいい。
忠告のつもりで言ったのに、佐尾くんは私の言葉を無視してどんどん庭の柵に近付いていく。
「佐尾くん」
「西條さん、こいつの名前知ってる?」
唸りながら毛を逆立てている犬を不安な気持ちで見つめていると、佐尾くんが私に背中を向けたまま尋ねてきた。
「え、名前? 茶太郎……だったかな」
「へぇ。お前、茶太郎って言うんだ」
茶太郎に話しかける佐尾くんの髪が、ふわりと風に揺れた。
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