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「馬ぁ鹿。
海は夏だけのモンじゃないんだぜ。
いいぞ、冬の海も」
「冬の…海?」
綾斗が頷く。
「行こうよ。一緒に」
「そ…だね」
そう言ったきり、二人とも押し黙ってしまった。
「あ!
ねぇ、ちょっと買い物頼まれてくれない?」
気まずい雰囲気を振り払うように、私は努めて明るい声を出す。
「え?何?」
「綾斗の好きなお茶切らしちゃってるからさ、下の売店で買ってきてもらえる」
綾斗は整った眉をハの字に寄せた。
「別にいいよ、お茶なんて何だって」
「私が飲みたいの。お願いします!」
胸の前で拝むように手を合わせると
「しゃーねぇな」と小さく息を吐いた。
「他に欲しい物は?」
尋ねる綾斗に首振って応える。
「じゃ、行ってくるわ」
ジーンズのポケットに両手を突っ込み病室を出て行った。
1、2、3、4…10まで数え、私は枕に顔を押し当てた。
堪えようもなく、涙が溢れてくる。
…―――――私は嘘つきだ。
冷蔵庫のなかには綾斗の好きな銘柄のお茶が
ぎっしりと詰め込まれている。
いつ彼が来てもいいように。
でも、私は嘘をついた。
独りになりたくて。
泣き顔なんて覚えていて欲しくない。
綾斗の中に残るのは、少し生意気で気の強い私だけでいい。
あとからあとから溢れ落ちる涙。
綾斗が海に連れて行くなんて言うから…
彼だって知っているはずだ。
私の余命が、もう半年も残っていない事を…
私がこの世から消え去った後の、冬の海に一緒に行こうと言った。
…―――――彼は嘘つきだ。
とても、とても優しい…嘘をつく。
FIN
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