優しい嘘

4/4
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「馬ぁ鹿。  海は夏だけのモンじゃないんだぜ。  いいぞ、冬の海も」 「冬の…海?」 綾斗が頷く。 「行こうよ。一緒に」 「そ…だね」 そう言ったきり、二人とも押し黙ってしまった。 「あ!  ねぇ、ちょっと買い物頼まれてくれない?」 気まずい雰囲気を振り払うように、私は努めて明るい声を出す。 「え?何?」 「綾斗の好きなお茶切らしちゃってるからさ、下の売店で買ってきてもらえる」 綾斗は整った眉をハの字に寄せた。 「別にいいよ、お茶なんて何だって」 「私が飲みたいの。お願いします!」 胸の前で拝むように手を合わせると 「しゃーねぇな」と小さく息を吐いた。 「他に欲しい物は?」 尋ねる綾斗に首振って応える。 「じゃ、行ってくるわ」 ジーンズのポケットに両手を突っ込み病室を出て行った。 1、2、3、4…10まで数え、私は枕に顔を押し当てた。 堪えようもなく、涙が溢れてくる。 …―――――私は嘘つきだ。 冷蔵庫のなかには綾斗の好きな銘柄のお茶が ぎっしりと詰め込まれている。 いつ彼が来てもいいように。 でも、私は嘘をついた。 独りになりたくて。 泣き顔なんて覚えていて欲しくない。 綾斗の中に残るのは、少し生意気で気の強い私だけでいい。 あとからあとから溢れ落ちる涙。 綾斗が海に連れて行くなんて言うから… 彼だって知っているはずだ。 私の余命が、もう半年も残っていない事を… 私がこの世から消え去った後の、冬の海に一緒に行こうと言った。 …―――――彼は嘘つきだ。 とても、とても優しい…嘘をつく。                FIN
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!