優しい嘘

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…―――――彼は嘘つきだ。 5月とは思えないほど強い日差しが、開け放った窓から差し込み 白いシーツに濃い影を落とす。 簡素なカーテンを揺らす風にも、初夏の香りが滲んでいる。 「よっ」 ドアが開くと同時に綾斗(あやと)が顔を覗かせた。 僅かに息が上がり、柔らかなくせ毛が額に貼り付いている。 「もぅ、何度言ったら分かるの。  ドアを開ける前にはノックする事!  それから【病院の廊下は静かに歩きましょう】  また婦長さんに叱られるよ」 しかめっ面を向けると、肩を竦め廊下に引っ込んだ。 こんこん…二回乾いた音がし、今度は身体ごと部屋に 入って来る。 「悪ぃ。急いでたから。  早く(りん)に会いたくってさ」 そう言って、はにかむ様に笑った。 昔からちっとも変わらない、私の一番好きな笑顔。 ズルい。 そんな顔見せられたら、何も言えなくなるじゃない。 ま、次から気を付けなさいよ… 私は独り言のように呟いた。 「今日は随分元気そうだな。顔色もいいし」 「そう?昨日の投薬が効いたのかな?」 私は痩せ細った腕に残る、針の痕に視線を落とした。 「そっか、良かった」 優しい目で私を見つめながらまた、ふんわり笑う。 「これ、今日の花」 綾斗が小さな花束を差し出した。 ミルクにストロベリーチョコ溶かしたような 淡い色合いの小さな薔薇。 思ったままを口にすると 「相変わらず食い意地張ってんな」 と苦笑する。 「これは”コットンキャンディ”っていう品種の  スプレー薔薇」 「綿あめ?やっぱり食べ物じゃん」 「ったく。お前は色気より食い気だよな」 楽しそうな綾斗の笑い声が、私の胸に沁み込んだ。
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