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「ごめん、もう花瓶ないからさ。
そこのコップに生けてくれる」
私は作り付けの小さな流し台を指差した。
「OK」
ガラスのコップに水を注ぎ、花束を差し入れると
長いキレイな指でバランスを整える。
綾斗は花屋で働きなが、フラワーアレンジメントの
資格を取るべく、目下猛勉強中。
いつか自分のお店を持つのが夢だ。
彼のお見舞いの品は、いつも花束。
だから私の病室は、ちょっとした花屋状態になっている。
「よっし、出来た」
アレンジを加えられた薔薇の花々は鮮やかなラッピングペーパーに
包まれていた時よりも、ずっと生き生きとして見えた。
「どこに置く?」
「んーっ、そこのローテーブルの上がいいな」
プラスチック製の無機質だったテーブルが、可憐な彩りに染まる。
「なんか、いいね。この薔薇の色」
飛びきり甘く、優しく包み込んでくれるような色。
「綾斗にぴったりだね」
私の言葉に何か言いたそうに開いた口を引き結ぶと
心持ち頬を染めそっぽを向いた。
「それにしても、暑っついなぁ」
照れ隠しなのか、鼻の頭に浮かんだ汗を親指で拭う。
「そだね。”夏”って感じ」
窓の外に目を遣ると、新緑に跳ね返る光が眩しい。
「海…行きたいな」
ポツリと呟く。
私が入院する前。
夏が来ると、必ず綾斗の車で海水浴に出掛けていた。
何だか懐かしい…
「行こうよ、海」
驚き振り返ると、日差しの加減か――
綾斗は少し強張ったような笑いを浮かべていた。
私は慌てて目を反す。
「無理だよ。少なくてもあと半年は囚われの身だもん」
「お前は姫か!」
軽い突っ込みを入れつつ、綾斗は私の髪をくしゃりと撫でた。
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