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安い食材で単調の料理しか作れないぼくらの話題は、レシピも含まれ始めて。イラストを描くことが好きな巴は、色鉛筆で丁寧に塗った完成図までつけて、ぼくに料理を教えてくれたりもした。
携帯電話もカメラもネットも持っていないぼくらは、手間暇かかる手書きの手紙とイラストやらくがきを混ぜて、文通を楽しんでいた。似ている境遇の中で通じ合う心を感じられるのは、目の前にいるが何を考えているかもわからないクラスメイトや先生よりもずっと近くて、頼りになる存在だった。
ぼくが巴にそう感じているように、巴もぼくをそう感じてくれてることが、ただ素直に幸せだったと言える。
現実ではすべての仕草がゆっくりとしているぼくは、誰にも待ってもらえない。
ゆっくりとしているなりに丁寧に文字を書き、本を読み、勉強をして、母と弟のために家事をして、巴を想って手紙を書く。中学生の間はずっとそれでよかった。
受験が近付き、手紙の頻度が落ちていく中でも。巴はぼくに『信じてる』という言葉を繰り返し送ってくるようになった。未来を信じている。勝手にそう解釈していたぼくは、彼女が何を望んでいたのか気付いてはいなかったのかもしれない。
***
今日、虹を見ました。
虹を見ると、たかしくんと見た虹を
思い出しました。
願い事をかけると良いそうです。
二人とも夢が叶いますように。
巴
***
突然届いた絵はがきには、見事な虹が写されていて、巴の書いた字の金色のインクが目に沁みた。
自分から言い出せない言葉をどれほど抱えていたのか、ぼくには読み取れなかった。
心地よい雰囲気を自分から壊したくない。
おそらくきっと、そうした思いがあったのかもしれない。
そんな遠慮が、いつの間にかぼくらの心の距離を離していったんだ。
自分の言いたいことに気を取られてばかりいると、相手の言いたいことをおろそかに聞いているのだと、ずっと後になってぼくは気付くことになる。
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