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街路樹の木漏れ日の下ならば、
誰もぼくが泣いていることなんて気付かない。
歩幅が小さいのかな。
歩けども歩けども学校に辿り着かない。
道行く学生達の背中を見送りながら
何人もの生徒達に追い越されながら
ぼくは焦る気持ちばかりを募らせて
額にかいた汗も頬を伝う涙も拭かずに
高い空を見上げてため息をついた。
世間の平均速度よりも確実に遅いぼくは、
物心ついた頃から一度も追いつけたことなんてない。
こんなのろまなぼくに誰も気に留めないことが、
絶対無二の安らぎではある。
ぼくはひとりが好きだ。
ひとりがらくちんだから、やめられない。
それなのに今日はどういうわけか涙が止まらなかった。
チャイムが鳴るギリギリに門を通り抜け、
挨拶係の先生にあいさつをしてから靴を履き替えた時。
息を切らす誰かの影が差して、
ぼくは思わず振り向いてしまった。
いつもビリでゴールするぼくの後ろに誰かがいることなんて、
小学六年間で初めてのことだったから。
切り揃えた前髪の下にはぱっちりとした小さな目をした女の子がいた。
ぼくよりも背が高くて、手足もすらりとしている。
膝が隠れるような長いソックスの上には剥きだしの肌色が光っていた。
短すぎるジーンズ素材の短パンの上には白とピンクの縞々模様のTシャツを着て、
三つ編みの先には赤い実のリボンがつけてあって、
誰の目からも明らかに可愛く見えるクラスのマドンナだ。
「おはよ!」
挨拶をされて、ぼくは飛び上がった。
そんなぼくを見て、彼女は面白そうに笑った。
笑うとえくぼが出て、ぐっと幼い少女の顔になる。
「……お、おは……おはよう……」
やっと返事をしたと思った矢先に彼女の手がぼくの背中をポンと叩いた。
「さっさと教室行こう!満島くん!」
素早く上靴を履いて下駄箱のドアを閉めた彼女は、
ぼくのほうに顔を向けた。
「……っう」
返事に困ったぼくは顔が火照るのを感じて、金縛りにあったように立ち尽くす。
見かねたように彼女がぼくの手を掴まえて引っ張った。
「ほらぁ、急げばまだ間に合うから!」
ぼくよりも冷たい手の彼女は
遠慮なしにぼくをぐいぐいと引き摺って教室に向かっていく。
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