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「松島さん、先に行ってくれて良いから」
ぼくがそう言うと、彼女はまたこちらに顔を向けて首を傾げた。
「なんで?」
真っ直ぐ過ぎる視線が僕の双眸に突き刺さる。
思わずギュッと両目を瞑ってしまった。
こんな拷問は予測不可能で、どうして良いかわからないぼくはただ彼女に引っ張られるがままに教室に引き込まれていった。
ガラッと勢いよく明けたドアの向こうで、
まだ席に着かないで好き勝手やっているクラスメイト達がいた。
黄緑色のランドセルを机の上に放り投げた松島さんは、
どんな風の吹き回しか、ぼくのランドセルを掴んで運んでくれている。
「……おい、なにしてんの?」
出席番号一番の相田君に聞かれて、ぼくはまた飛び上がった。
「あ、ごめ……ごめんなさい!」
通路を塞いでいたぼくは怒られたと思ったけど、そうじゃなかった。
相田君は「謝ってんじゃねぇよ」とつぶやいて、ぼくの隣の自分の席に座った。
そのタイミングでチャイムが鳴り、ぼくは慌てて席についた。
心臓が壊れそうなぐらい脈打っていた。
この六年間。
いや、正確に言えばこの五年と二か月の間、
のろまな亀のぼくに話しかけてくれた人なんて……。
「今日は寝ぼけてないんだな」と、隣の相田君が言った。
驚いて振り向くと、彼も驚いた顔をしながら。
「お前、いつも魂抜かれた人形みたいだもんな」と…。
……なんだって?
何て答えて良いものかわからずに呆然としていると、
背中をつついてくる指が。
やっぱり飛び上がると、「驚き過ぎじゃない?」と女の子の声がした。
斜め後ろに席がある松島さんが、ぼくの肩を叩いていた。
「満島君。私と日直だよね? あとで職員室に行くから、よろしくね」と。
立て続けに二人のクラスメイトから話しかけられたぼくは、完全に舞い上がってしまった。
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