1. ひとりがらくちんだから

8/8
前へ
/36ページ
次へ
頭でっかちのヒマワリが並んで咲いている通学路を歩いていると、 道路を走る車が一台、ぼくのすぐそばで止まった。 開いた窓から顔を出したのは松島さんだった。 「満島くん」 「松島さん」 車から降りて駆け寄ってきた彼女は顔にかかる髪を耳にかけて、 いつもは三つ編みでしっかり結ばれていた髪をなびかせた。 白いワンピースを着た彼女はぐっと大人っぽく見えて、 ぼくはドギマギしてしまう。 「……最後まで秘密守ってくれて、ありがとう! 私、満島くんのこと忘れないよ。 それと、このタオルなんだけど……」 彼女は手提げかばんから雨の日にぼくが渡したタオルを覗かせた。 「……もらっても良い?」 ぼくはどんな顔をしたのか、自分でもわからなくて。 だけどぼくを見つめる彼女は花が咲いたような笑顔を見せたから、 ぼくは黙ってただ頷いたのだと思う。 最後に彼女は手紙を渡してきた。 薄いピンク色の封筒に四葉のシールで封を閉じた可愛らしい便せんが、 自分にはまったく似合わないことを感じながら、 戸惑いつつもそれを受け取って顔を上げると 背の高い彼女が顔を近付けてきて 素早くぼくの頬にキスをした。 「……手紙、読んで。嫌じゃなかったら、手紙頂戴ね」 彼女はそう言うと、えくぼのある笑顔を浮かべた。 今日はとても寂しそうだ、と思った。 「待って!!」 立ち去ろうとした彼女に、思わずそう叫んでいた。 車に向かって歩き出した彼女が振り向くと、ふわりと良い匂いがした。 「……ぼくの方こそ、ありがとう。 松島さんがいなかったら、ぼくは人と話せないまま小学校卒業しちゃうところだった」 ぼくの言葉に驚いた顔をした彼女はすぐに笑顔になると、 「迷惑じゃないかって、ずっと心配してたんだよ。 そう言って貰えて、すごくホッとした。ありがとう、満島くん」 そう言うと、彼女は今度こそ車に乗り込んだ。 窓からこちらを見たその目には、びっしりと大粒の雫が浮かんでいるのを見て、 ぼくは込み上げる涙を隠すこともなく彼女に向けて手を振った。 胸の奥から何かが込み上げてくる。 心臓を乱暴に握りつぶされるような、そんな強烈な痛みを覚えた。 走り去る車。振り返ってぼくを見つめ続ける彼女の顔が見えなくなるまで、 ぼくは手を振った。 ―――それが、ぼくたちの始まりだった。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加