予兆

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 トントン、 「道雄、入るわよ」  ノックをして母がいつもの時間、いつもの紅茶を持ってきた。いや、いつもより少し遅いかも・・僕は慌てて椅子に腰かける。  どうしよう。どうしよう・・言うべきか・・  迷っている間に母から出た言葉は、 「頑張ってるわねえ」だった。  トレイをテーブルに置きながら、いつもの励ましの言葉。  あれ、母には見えているようだ。どういうことだ? 「何、その顔、まるでお化けでも見るように」 「な、何でもない」僕は慌てて首を振った。  そして、今度は立ち上がり、壁に掛けてある鏡を改めて見る。  ちゃんと僕の顔が映っている・・  なあーんだ。気のせいだったのか。  下半身に降下した血液が再び、頭部に戻ってくるようだった。 「何なの、道雄、立ったり、座ったり」  母の言葉に思わず笑いが込み上げてくる。  さっきの透明化現象の原因が分かった。  受験勉強のし過ぎ・・つまり、疲れだ。  僕は右手を左手で握りながら小躍りしそうになる。さっきまでの不安は何だったのか?   「お母さんには僕がちゃんと見えているよね?」  少し気恥ずかしい言葉を言ってみた。  こういう言葉は勢いで言うものだ。 「何なのよ・・気持ち悪い・・道雄は時々変なことを言うんだから」  もう二度とこんなセリフは言わないでおくことにする。
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