西陽差す高級車の長い時間

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「今日は、楽しかったよ」  青山先輩は僕の横でそう言った。  僕は石坂氏の運転する高級車の中にいた。自宅まで送ってくれるそうだ。  車の中は先ほどと同じくいい匂いがする。車の中でも喫茶室でも同じ香りだったので、おそらく青山先輩の匂いだ。それは悪いものではなく心地いいものだった。    夕暮れ出した外の景色を眺めていると、 「それはそうと・・」と青山先輩が前方を眺めながら別の話を切り出した。 「何ですか?」 「沙希ちゃんの様子が時々おかしくなるのは・・あれは、どうしてなんだ?・・君は何か知っているのかい?」と青山先輩は僕に訊ねた。 「い、いえ・・」僕は曖昧な答え方をする。  僕だって小清水さんの多重人格のことは全く知らない。その原因はなおさらだ。 「沙織や、池永先生に訊いても何も言わないから・・皆はその理由を知っていて私には言わずに隠しているんじゃないか・・そう思ってね」 「僕も知らないです」  そう答えると、 「だが、君は、あの須磨の海岸で、沙希ちゃんを抱き留めたじゃないか」  青山先輩は僕の方を見てそう言った。  あの時・・急に人格が変わった小清水さんを僕は放っとけなかった。
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