街灯の下、午後九時の早鐘

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えっ、と声を上げた。 「どうして別に悪いことしてないのに謝るんだよ」 と、何故か向こうが唇を尖らせる始末で。 「だって、不愉快な思いをさせたことに変わりはないでしょ」 至極当然のこととして、私は謝った、はずなのに。 「俺、そんなこと言ってないだろ」 彼、なんて言ったんだっけ。 彼はサラリとした髪の毛を左手でクシャッとしながら、 「大体俺だってあんたの鑑賞を邪魔したんだから、お互い様じゃねーの」 と、ボソッと呟く。 あれ、あれれ? この人、おかしい。 私と自分のことを、同質に扱うなんて。 「アンタ、どうかしてるよ」 なんて言葉が思わず口をついて出て、びっくりする。 なんて初対面の人に向かって失礼なことを。 なんて卑屈な私。 「ったく。そんなことよりアイス、食べる?」 「はああ!?食べないわよ!」 食べかけの、コンビニで見かけるあのカップアイスをヒラヒラさせながら、にへらっと笑った。 異性の、しかもさっき会ったばかりのこの人のアイスなんて、色んな意味で無理、不可能。 「……っ!お邪魔しましたっ!」 「おう、またな!」 またな、ってアンタ、また会う気なの、この私と? クルリと急旋回、不細工なヒールの音を響かせて、急いで家に向かって歩き出す。 ジャスミンの香りが遠ざかる。 頬を両手で抑えると、有り得ないほど熱い。 馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい。 狂ったようなジャスミンの花の香と、内からの熱に浮かされそうになったのが。 煩わしいけど、このこそばゆい胸の心地が。 甘くて、しんどい、この気持ちが。 街灯の下、早鐘がうるさく鳴っていたあの感触を、今夜は手放すことが出来ないに違いない。
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