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えっ、と声を上げた。
「どうして別に悪いことしてないのに謝るんだよ」
と、何故か向こうが唇を尖らせる始末で。
「だって、不愉快な思いをさせたことに変わりはないでしょ」
至極当然のこととして、私は謝った、はずなのに。
「俺、そんなこと言ってないだろ」
彼、なんて言ったんだっけ。
彼はサラリとした髪の毛を左手でクシャッとしながら、
「大体俺だってあんたの鑑賞を邪魔したんだから、お互い様じゃねーの」
と、ボソッと呟く。
あれ、あれれ?
この人、おかしい。
私と自分のことを、同質に扱うなんて。
「アンタ、どうかしてるよ」
なんて言葉が思わず口をついて出て、びっくりする。
なんて初対面の人に向かって失礼なことを。
なんて卑屈な私。
「ったく。そんなことよりアイス、食べる?」
「はああ!?食べないわよ!」
食べかけの、コンビニで見かけるあのカップアイスをヒラヒラさせながら、にへらっと笑った。
異性の、しかもさっき会ったばかりのこの人のアイスなんて、色んな意味で無理、不可能。
「……っ!お邪魔しましたっ!」
「おう、またな!」
またな、ってアンタ、また会う気なの、この私と?
クルリと急旋回、不細工なヒールの音を響かせて、急いで家に向かって歩き出す。
ジャスミンの香りが遠ざかる。
頬を両手で抑えると、有り得ないほど熱い。
馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい。
狂ったようなジャスミンの花の香と、内からの熱に浮かされそうになったのが。
煩わしいけど、このこそばゆい胸の心地が。
甘くて、しんどい、この気持ちが。
街灯の下、早鐘がうるさく鳴っていたあの感触を、今夜は手放すことが出来ないに違いない。
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