僕にとっての世界

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 ● ● ●  伊織が邸を出て三年。  本邸の執事を務めていた田中(たなか) 叶汰(かなた)を同居人として父親より受け、伊織は無味無臭な日々を送りながらも高等部を卒業しました。  学問都市である翡翠ヶ丘の大学部にエスカレーター入学をしてまた一年、伊織はサークル・イケメン部のメンバーとして過ごしていました。  幼い頃に初めて友として受け入れてくれた基睦。今度は彼が問題を抱えると迷うことなく力となりました。集結したメンバーもみな基睦のため一丸となったのは言うまでもありません。  色のない世界を過ごしてきた伊織ですが、ある日のこと心の隅で眠っていたキャンバスに鮮やかな色彩を描く出逢いをしたのです。  ひと目ではワカメのような存在。ふた目では見違えるほどに愛らしい少年です。彼の名は一之瀬(いちのせ) 秋良(あきら)。彼と出逢った日から、伊織のとまった時間は流れるようになりました。  伊織と秋良の出逢い。数々の喜びや苦難はまた別の話──────  遠いむかしのこと。  伊織をひと目見た基睦が抱いた感情は恋心でした。その愛らしさと麗しの表情は少女のもので、てっきり伊織を女の子だと勘違いをしていたのです。  それは伊織が中等部に上がる日までつづき、あるとき水泳の授業で事実を知ったのでした。それまでも勘違いを正す瞬間などいくつもありましたが、思い込みの激しい基睦は初恋を美化していたのです。 「おお、それは以前より奇っ怪だとは思っておったのだ。どうして婦女子が僕などと、だがひとの好みはそれぞれというしな、それも伊織の特質なのかと深くは考えぬことにしていた。 だがしかし、まさか男だったとは……見事おれは騙されていたと言うわけか。おれの初恋を──いや、穢れなきおれの純情を弄ぶとは小悪魔ではないか」  男子の列に並ぶ水着姿の伊織を見て、基睦は盛大にため息をつき苦情をぶつけます。すると伊織は冷ややかな眼を向けて、「やっぱり勘違いしてたの。バカじゃない?」と切り捨てました。 「にゃにおうっ!!」  シャワー室に響く基睦の咆哮が、虚しくこだまとなって返ってくるのでした。それからふたりの関係は気の置けない存在に加え、手のひらで転がしそのうえで地団太を踏む仲になりました。
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