僕にとっての世界

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 青年は厳格な医師家系の許に生まれ、また本家の嫡男としてトップに立つよう育てられました。息の詰まるような家訓と厳しい帝王学、それに気を休めることなど許されない勉学の日々。  生涯を春日部という名に縛られ骨を埋めなければいけない、そんな重圧的なプレッシャーが青年を苦しめます。一生のうち一度でいい、思いのまま過ごしてみたい。  すると彼の願いは春日部の総帥である理事長の耳に届き認められたのです。生涯を春日部に捧げるという約束を果たすことを条件に、医学部を一年間休学することが許されました。  大学側にはワーキング・ホリデー制度で受理され、晴れて青年は一年間の自由を手に入れたのでした。行き先は未定。心の赴くまま足を進めます。  アジア諸国をまわり、オーストラリアやアメリカ各地を豪遊しました。それからエジプトに飛ぶと、今度は北上するようにヨーロッパへと入国します。  残りの半年をヨーロッパで過ごすことに決めた青年は、長期滞在の地としてパリのシャンデリゼにあるホテルを拠点に選びます。  パリを中心に日帰りで少しずつ遠くへと足を延ばしますが、一日では難しくなるとその都度ホテルをリザーブして観光を楽しみました。  シェール川の(ほとり)でシュノンソー城をスケッチし、イタリアのアルベロベッロではとんがり屋根のトゥルッリを見て歩きます。  様々な土地を物珍しく見てまわり、心に刻みながら時は流れてゆくのでした。  そして運命の今日。陽が昇らないうちから南プロヴァンスまで足を運んだ青年は、立ち寄ったビストロの店主より地図には載っていない岬に建つ教会があるとの情報を得ます。  運よく近くを通るというトラックの運転手が居合わせ、半ばヒッチハイクのように便乗させてもらうのでした。
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