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自転車と海と赤い光
夏の夜。
楓が部屋のベッドに横になっていると、ふいに窓ガラスから音が響いた。最初聞き間違いかとも思ったが、カツンカツン、と、小石が当たる音が響く。
楓は首を傾げながら窓を開け、外を見た。すると芝生の庭に、優介が立っていた。中学校の制服ではなく、私服姿の優介は、彼女の姿を見るなり喜びを頬に浮かべていた。
「優介くん……?」
楓は薄いカーディガンを羽織り、足音を忍ばせながら階段を降りる。そしてサンダルを履き、周囲を気にしながら優介の腕を引いて、家の外へと出た。
「優介くん、どうしたの? こんな時間に……」
すると優介はどこか勝ち誇ったかのような笑顔のまま、壁際に立て掛けた自転車を指さす。
いつもの使い慣れた自転車。その荷台には、クッションが無理やり紐で取り付けられていた。
そして優介は楓に告げる。
「行こうよ、楓」
彼女には彼の意図が掴めなかった。
「行くって……どこに?」
「決まってんじゃん。海だよ海」
「えっ……!?」
思わず声を上げてしまった楓は、慌てて口を塞ぎ周りを見渡す。
そして、囁くように小声で話した。
「……今から?」
「そうそう。今から」
「でも……夜も遅いし……」
「だからだよ。大丈夫大丈夫。パッと行ってサッと帰ればバレないって」
「で、でも……」
躊躇する楓に、優介は柔らかい声で言う。
「……約束しただろ? 海に連れてくって。だから、俺、楓に海を見せてやりたいんだよ。海って広くてすげえんだ。ずっと家に引きこもってたんじゃ、お前もつまんないだろ?」
「……」
「大丈夫だって。俺に任せとけよ」
優しく微笑む優介に、楓は、晴れやかな顔になった。
「うん。分かった……――」
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