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春の願い
季節は巡り、春が訪れていた。
咲き誇る満開の桜は桃色の花弁を舞い上がらせ、暖かい日差しは、街に光を与える。
「……」
喪服を着た優介は、楓の墓の前でしゃがみ込み線香を立てる。そして手を合わせ、彼女の眠りを祈っていた。
その優介に、屍のような頃の面影は残っていない。身なりを整え、彼女の死と向き合う。
そんな彼の後ろには、凪咲の姿もあった。
「……よし」
優介は目を開け立ち上がる。そして、体を伸ばした。
「……何を伝えたの?」
凪咲は尋ねる。
「別に……普通のことですよ。こんなことがあったとか、あんなことがあったとか……。そして、これからのこととか……」
「これから……。これから、優介くんはどうするの?」
「さぁ……どうでしょうね」
優介は意味深に微笑む。
「そうやって年上をからかわないの。まったく……」
そう言いながらも、凪咲の表情は明るい。
「じゃあ俺、そろそろ帰ります。凪咲さんも、お元気で」
すると凪咲は、少し照れるように顔を逸らせながら優介に告げる。
「……別に、これからもメールしていいよ? 相手は私だけど」
「ああ……。すみません、あのパソコンは、もう使いません。楓へのプレゼントと一緒に、大切に保管しています」
「そう……なんだ……」
少しだけ、残念そうにする彼女。なんだか悪いことをしたような気持ちになった優介は、とりあえず、妥協案を示した。
「……まあ、スマホからで良ければ……。気が向いた時にでも、連絡しますよ」
すると凪咲は表情を明るくし、小さく頷いた。
そして二人は、墓地を後にする。その時、ふと優介の耳に声が聞こえた。
――優介くん、またね――。
彼は足を止め、後ろを振り返る。
「どうしたの?」
凪咲は首を傾げながら声をかけるが、優介は小さく笑みをこぼす。
「……いや、なんでも……」
(……ああ、またな。また来年、ここに来るよ……)
心の中で、楓にメッセージを送った彼は、日常へと戻っていく。
そして彼は、また新しい毎日を迎える。そこに彼女がいないことに、未だに寂しさを感じる時もある。
それでも、彼は前を向いていくだろう。
それが楓の願いであり、彼の約束でもあるから……。
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