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夏の綻び
学生服姿の優介は、息を切らしていた。
焼き付けるような夏の日射しを受け、額を流れる汗を腕で乱雑に拭う。街路樹からは幾重もの蝉の声が響き渡り、ガードレールの向こう側に広がる街の景色は陽炎に霞む。優介が使い古された自転車を立ち漕ぎすれば、ペダルを踏み込む度に自転車は軋みを上げた。
やがて優介が辿り着いたのは、楓の家。自転車を置き、一度呼吸を落ち着かせた、少し緊張した様子で呼び鈴を鳴らした。
「――はーい」
と、玄関戸の向こうから女性の声が響く。
そして現れた人物に、優介は軽く会釈した。
「こんにちは……凪咲さん」
凪咲は、楓の姉である。優介達より二つ歳が上であったが、彼が毎日のように家に来ていたこともあり、今ではすっかり顔見知りとなっていた。
彼女は優介に笑顔を見せる。
「あら優介くん。いらっしゃい。楓に会いに来たの?」
「ええ、まあ……」
それを素直に肯定するのがどこか恥ずかしくて、彼は表情を伏せる。その心中を理解したのか、凪咲は小さく笑みをこぼした。
しかし彼女は、すぐに表情を曇らせてしまう。
「ごめんね、優介くん。楓は……今日は、ちょっと……」
申し訳なさそうに話す凪咲に、優介は顔を上げた。
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