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楓の部屋に案内された優介は、床に敷かれた黄色のカーペットの上に座る。その様子はどこか落ち着きがない。
「はい、これ……」
楓が冷えた麦茶を小さなテーブルに置くと、優介は「ありがと」と小さく呟く。
そして楓は、優介の隣に座った。
「……」
「……」
言葉が出てこない。部屋の雰囲気も変わり、年頃の女の子らしい置物や服が並んでいた。なんだか自分がここにいることが場違いな気がした優介は、目を泳がせ固まる。
そしてそれは楓も同じである。自分が招き入れたとはいえ、二人の間に漂う雰囲気は、小さな頃とはどこか違う。それに戸惑い、照れてしまい、何も話せなくなってしまった。
時計の針の音だけが響く。
会話に困った優介は、糸口を探すように横目で楓を見る。するとふいに、楓と目が合った。彼女が微笑むと、優介は顔を赤くし視線を外す。
「……そう言えば、俺、楓の部屋に来るの久々だな」
誤魔化すように呟く優介。
「そ、そうだね。小学生の時以来かな?」
「ああ、そうだな……」
「でも優介くん、本当に大きくなったよね。前は私よりも小さかったのに」
感慨深げに呟く楓。
この頃になると、優介の身長は楓を追い抜いていた。小学生の時は見上げていた楓が、今では一回り小さい。優介は、どこか不思議な感覚に包まれた。
「まあ、成長期だしな。当たり前」
「はぁ……私にももう一回成長期が来ないかなぁ」
「諦めろって。もう楓が俺より大きくなることはない」
「うぅ……酷い……」
ようやく緊張から解放された二人は、とりとめのない会話を繰り返す。
その時、優介は声のトーンを落とした。
「……まだ、体調悪いのか?」
「……うん」
「じゃあ、外、行けないんだな」
「そうだね。お父さんたちが心配するし」
「……」
優介は口を閉ざし、楓を見つめた。
小さい頃の海を見せるという約束は、未だ果たせていない。楓は依然として体が弱く、ほとんどを自宅で過ごしていた。
優介にとって、それが不憫で、申し訳なくて……。
出来ることなら、自分がどうにかしてやりたい。そう、思っていた。
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