2 不思議くん。

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「あのね、風華ちゃん。実は……」 「うわ~。負けた。負けた負けた。マジ負けたあ!」  後ろからよく通る聞き慣れた声に咄嗟に口を噤む。 「噂をすれば何とやら」 「お! 明理~! さっきは応援サンキュー」  風華ちゃんが気を遣って陽太が私の隣に来るよう身体を横にずらす。  単純な陽太は一緒に歩いてきた男子の集団から一人外れて開いた空間にあっさりと身体を入り込ませた。 「陽太あ。俺たち先行ってんな~」 「おー」  高校は特別中学と近い距離にあるというわけではなかったが、偏差値が五十前後で落ち着いた校風に加え、交通の便もいいことからここに進学した同中の子は多い。  だから私と陽太が幼馴染のような関係だって知っている人も多くて、こんな風に陽太が私というクラスの女子にいきなり話しかけようが特に騒ぎ立てられるようなことはなかった。 「残念だったね。試合」 「ああ。ほんとマジかよってくらい凄かったな。南」  陽太の口からアイツの名前が出て、ドキッと心臓が嫌な音を鳴らす。  いつもの憎たらしい顔じゃなく、シュートを決める真剣な横顔。  体育館の窓から射した日差しが、まるで南の為に用意されたスポットライトみたいに見えて。  少し。本当に少しだけみんなが騒ぐ理由に共感してしまったから。 「練習のときは全然あんなんじゃなかったんだぞ。詐欺かっつう」 「あはは」  ――なんだろう。これ、罪悪感……?  振られている癖に陽太へ向けた気持ちを裏切ったみたいな、よくわからない浮気をしたような変な気分になる。  そもそも何でアイツのせいで私が罪悪感なんてわけわからない複雑な感情を抱かないといけないんだ? 「あ~。リベンジして~」  こんな変な感情、持っていても役に立たない。  逆に陽太にとって迷惑なだけなのに、いい加減吹っ切れっていう……。
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