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彼をやり過ごしたら、すぐに先輩に連絡しないといけない。あんなに大きい人を誘拐するなんて、絶対に無理だ。小さい子どもでも抵抗されたら自信がなかったのに、彼は目算でも啓都より十センチ以上は背が高い。肩幅もあって、がっちりとしている。聞いていた話と、全然違う。そもそも今日は、現場の下見と情報収集に来ただけなのだ。
動揺した時のクセで、つい指先で唇を撫でていると、コン、コン、と車の窓を叩く音がした。
「ごめん、少しかくまって」
「えっ」
可も不可も答える前に、彼が啓都の七人乗りワゴン車に上がり込んだ。ずかずかと二列目シートのあいだを通って、最後尾の三列目シートに身をひそめている。
「ちょっ……」
さらう予定だった人質が、勝手に車に乗り込んできた。
これは、ピンチなのだろうか。それともチャンスなのだろうか。
わからない。自分では判断できない。先輩に聞いてみるしかない。
携帯電話を出して、着信履歴の中から「瀧口優」を探す。
でも、本当に彼が星縞央賀なのだろうか。人違いという事はないのだろうか。
「き、きみ、星縞央賀っていうの……?」
「……何で知ってんだよ」
星縞がこちらを不審げに見つめてくる。
どうやら本物のようだ。ただ、完全に怪しまれてしまった。
テキトーに誤魔化したいけれど、嘘は大の苦手だ。そもそも頭がよくないから、言い訳自体が咄嗟に思い浮かばない。
ひとりで焦っていたら、星縞が、ああ、と心得たように呟いた。
「谷ちゃんの声がここまで聞こえてたのか……。ったく、個人情報保護も何もねぇな」
勝手に納得してくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「まさか、俺を突き出そうってわけじゃないよな? そういう正義感とか、いらないから。さっきのは気心の知れた生活指導の先生で、俺が困らせてやんないと仕事がなくなるんだよ。いい子ちゃんばっかりの学校だからな」
幼稚園から大学まで揃っている有名な私立校には、そういう大人しい生徒が多いのだろうか。自分は四年前に卒業した高校までずっと公立だったので、わりとにぎやかな人たちに囲まれていたけれど。
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