はじまりは突然に

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 星縞は体を小さくして、リアガラスから慎重に外の様子を窺っている。遊んでいるようにも、真剣勝負をしているようにも見える。  凛々しい横顔からは年齢が読めない。意志の強そうな目元に、すっと通った鼻筋、角張った顎のラインが、聡明で男らしい輪郭を作っている。資料の写真と同じなのは、ふっくらとした唇くらいだ。それを含めても、羨ましいくらい整った顔立ちをしている。  自分も彼のような顔で生まれていたら、人生が変わっていたのだろうか。かぼちゃの種を大きくしたようなものが二つ並んでいるだけの目元に、ほっそりとした顎。頬は柔らかな曲線を描いていて、星縞に比べると、とても軟弱そうだ。 「あっ、やば、来ちゃった。ほら、ドア閉めるぞ。谷ちゃんに俺のこと聞かれたら、信号渡って商店街のほうに逃げたって言って」  早口で言った星縞が、自主的にスライドドアを閉めた。学校の角から出てきた四十代くらいの男性が、左右を見回している。あの人が生活指導の先生だろうか。  どうしよう。星縞の言う通りにするべきなのだろうか。というか、このまま計画を進めるべきなのだろうか。  はっと思い出して、慌てて先輩に電話をかける。一コール、二コール、三コール、と半分くらいで回線が繋がった。 「あっ、蜂巣です、瀧先輩、あの、いま現場の下見に来てるんですけど、人質が思ったよりも大きくて、でも今おれの車に乗り込んでいて……」 『はぁ?』 「……ど、どうしたらいいですか? 続行ですか? 中止ですか?」  瀧先輩の言葉が返ってこない。電話が切れてしまったのかと思って、携帯電話の画面を確認する。だが、表示されている通話時間は一秒ずつ増えていた。 「すみません」  突然、後ろから声をかけられた。びくぅ、と大げさに肩が跳ねる。 「塀を乗り越えて出てきた生徒が、どちらに向かったか、見ませんでしたか?」 「あ……」  なんと答えたらいいのだろう。きっとこの返事ひとつで、計画が大きく変わってしまう。
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