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昔はヘビに睨まれたカエルのような気分になったが今では違う。毎日続くこの儀式は僕に彼女への恐れいわゆる恐怖を無くすには十分すぎるのだ。彼女の視線がゆっくりと這っていく。それに合わせて僕の視線が自然と彼女の唇へと吸い寄せられる。
柔らかく潤った唇。この儀式では深く考えないようにしているが彼女の唇にはいつも魅入られてしまう。いつの間にか彼女の頬が上気した。無表情だった顔に色が現れる。赤い瞳が優しく。僕は彼女を受け入れる。
「イチロウ」
彼女の声が耳へと当たった。儚い声だ。すぐ傍で彼女が息が通り抜ける。熱が彼女の体温が近づくのを感じる。いつものようにゆっくりと彼女は近づき、その唇を僕の首筋へと当てた。
「っ」
鋭い痛みと共に若干の光悦感。僕の中から何かが抜かれていく感覚。そうこれが彼女の食事だ。ほんの数秒間だけの食事。彼女のぬくもりを感じきる前にソレは離れた。いつもどおりの感覚。名残惜しく感じるもまた明日にもこの儀式があるという高揚感。
「イチロウ、馳走であった、今日も美味しかったわ」
「勿体無きお言葉ありがとうございます」
「先週のバニラのような甘い味は良いけど、今日のコーヒーのような大人な味わいも良かったわ。そうだ、明日からは久々に柑橘系がいいわ」
「かしこまりました。明日から果物を中心に食べるようにします」
「ありがとうイチロウ。あなたの健康を損なわない程度にしなさい」
「姫様…お気遣いありがとうございます」
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