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なぜなら、注文をまごつく客や食事中に会話を行う者は容赦なく客の手で抹殺され、店内から排除される。客たちのあいだでスムーズに遺体の搬出や殺害現場の清掃など物音ひとつ立てずにすませる手順が完成されている。
客の流れは「スロット」とよばれ、いつしかそれを仕切るスロットマスターという地位が確立した。
入店から退店にいたるきびきびとした循環が滞り始めた。すでに求道者の立場にある常連客たちは着席間近の仲間に視線を送った。
男は難攻不落な要塞さながらの野菜の山に華奢な割り箸で立ち向かおうとしていた。
彼の主戦場は眼前の豚野菜炒めだけではない。箸で脂身を胃に詰め込みつつ、隣席の不届き者━━スロット遅滞の元凶を戒めた。
男性二人組が具材の良さを、どこぞで仕入れた陳腐な知識で褒めちぎっている。
スロットマスターはテーブルの角を手刀で激しく叩いた。
『黙って喰え!』
ぴたりと私語がやむ。黙々と箸を運ぶ二人。
『最初からそうしておけ』
戒めた男は不快感を露わにしながらも皿の残りをたいらげた。
彼は様式美に則った挨拶をかわし、店を後にした。
フードコロニー数奇屋
一枚ガラスを隔てた漆黒の闇を光の濁流が分断している。真空を通してゴウゴウと振動が伝わってきそうだ。
右から左へ首の筋が違えるほどに見渡しても、追いきれないほど広がっている。
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