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その報告に、宮内大夫は頷いて応え、傍にいた近習の一人に顔を向けた。
「犬塚辺りかのう」
すると、近習は宮内大夫の呟きに首肯した。犬塚は、大宰府の城壁・水城の手前に広がる原野である。陣形を組み、大軍が雌雄を決するには申し分ない場所だ。
九州は、長く乱れに乱れていた。北都帝と足利将軍家を奉ずる探題方と、南都帝を奉ずる宮方とで二分されているのだ。それが昨年、先代の九州探題だった父が、宮方との戦いで敗れて以来、探題方の勢力は衰微する一方である。一時は支え切れず、京都まで逃げ帰ったほどだ。探題職を継いで何とか博多を取り戻したが、九州の大部分を制し、大宰府に本拠を置いたこの軍勢を駆逐しない限りは、探題方の展望は暗い。
(此度は負けられぬな)
いや、今の探題方に負けていい戦など無いが、今回ばかりは益々猶予が無い。九州に向かう前に、足利将軍にこう言われたのだ。
「万が一お前が敗れれば、次は儂が自ら征伐する」
――と。
それは暗に、武士としてお前の将来は無い、と言われたような気がした。何せ、武家の棟梁の手を煩わせるのである。
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