第一回 犬塚の戦い

4/9
前へ
/48ページ
次へ
 次々に注進が入る。それを宮内大夫は、床几に座したまま聞いていた。一進一退の攻防。今はまだ、四ツで組み合っている状態だろう。  単純で能の無い、押し合いは続いた。正面では兵庫が、両翼の敵には九州の御家人が奮戦している。関東武士を主体にした騎馬隊を投入すべし、と近習が進言したが、宮内大夫は無視をして待った。まだだ、と何かが囁くのだ。必ず、ここぞという潮合いはやってくる。 「城備後勢が後退。兵庫殿が追撃中」  その一報を受けた時、宮内大夫は立ち上がっていた。 「両翼の戦況はどうじゃ?」 「お味方有利。一枚ずつその羽を毟っている模様」  伝令は洒落た表現で応えると、宮内大夫は口許を綻ばせた。 「一色の旗を起てよ。儂自ら関東武士を率いて、敵正面に突貫する」  宮内大夫は鞍上に移り、太刀を抜き払った。 「仕上げじゃ」  そう低く言い、馬腹を蹴った。  一千八百の騎馬が、一斉に動き出した。押されながら堅陣を敷いた敵を、鏃のように貫いていく。騎馬の突撃で生まれた空隙を、供回りの雑兵が広げていく。敵は堪らず、乱れだした。 「各々、武功の挙げどきぞ」  宮内大夫は叫び、馬上で太刀を大いに奮った。徒歩で逃げる武士を、背後から斬り下げる。返り血を、全身に浴びた。原野で、関東武士の敵はいない。血飛沫の中で、父の言葉を思い出した。 「原野であれば、負けは無い」     
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加