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穏やかな風が吹くと、翡翠色の人工湖にかすかな波紋が広がった。
ひゃら ひゃら ひゃら・・・
からからからから・・・・
幼い少女の手の中で、かざぐるまが、歌う太陽のようにくるくると回る。
なんの仕掛けもない単純な玩具。
風はときに弱々しく、ときに凪ぎのように止まってしまう。
風が吹かなくなると、小さな唇を尖らせて息を吐きかけるが、少しだけ羽が回って、すぐに動かなくなる。
思い出したように強い風が吹きつけると、今度は勢いよく回転しはじめた。
ひゃら ひゃら ひゃら・・・
からからからから・・・・
少女はそれが面白くてたまらない。
淡い茶色の髪をなびかせて、かざぐるまと戯れる。
火星のオリンポス火山の裾野に広がる巨大ドーム、スキアパレリシティ。
そこは、市の中心部からドームの壁までの距離が約300キロメートルに及ぶ、プラネタリー・メガロポリスだった。
メガロポリスといっても、全ての土地が町になっているわけではなかった。赤茶色の砂漠地帯は広がっていたし、運河建設中の地区もある。
人工湖の周囲には、関係者の宿舎や子供たちの教育施設の建物が並んでいる。
少女の両親は、運河建設に携わる技術者だった。
彼女は未就学児なので、学校には行かない。幼年者用施設もあるのだが、不採算を理由に閉鎖中だった。
だがそれは表向きの理由で、実際は、迫りつつある火星の緊迫情勢にあった。有事のとき、施設側が責任をもって保護できないというのが、大筋の見解だった。
少女のニックネームはミルクティ。
正式名は10桁の数字と記号の組み合わせ。
地球産ダージリンティに落としたミルク色。ミルクティ色の髪をした女の子。
彼女は少し長くなってきた髪をかきあげながら、ドームの天井を見上げた。天井には疑似太陽がさんさんと輝いている。
火星の一日は24時間39分。地球の一日とほぼ変わらない。
疑似太陽はドーム生活に必要な気温変化と照明を与えてくれる。朝は寒く、昼になると上昇し、夕方になるとしだいに下降してくる仕組みだ。夜になると暗くなって、満天の星空が出現する。
お昼時だった。
ミルクティはかざぐるまと遊ぶのを止めて、宿舎に戻った。
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