ミルクティ

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   1  穏やかな風が吹くと、翡翠色の人工湖にかすかな波紋が広がった。  ひゃら ひゃら ひゃら・・・  からからからから・・・・  幼い少女の手の中で、かざぐるまが、歌う太陽のようにくるくると回る。  なんの仕掛けもない単純な玩具。  風はときに弱々しく、ときに凪ぎのように止まってしまう。  風が吹かなくなると、小さな唇を尖らせて息を吐きかけるが、少しだけ羽が回って、すぐに動かなくなる。  思い出したように強い風が吹きつけると、今度は勢いよく回転しはじめた。    ひゃら ひゃら ひゃら・・・  からからからから・・・・  少女はそれが面白くてたまらない。  淡い茶色の髪をなびかせて、かざぐるまと戯れる。  火星のオリンポス火山の裾野に広がる巨大ドーム、スキアパレリシティ。  そこは、市の中心部からドームの壁までの距離が約300キロメートルに及ぶ、プラネタリー・メガロポリスだった。  メガロポリスといっても、全ての土地が町になっているわけではなかった。赤茶色の砂漠地帯は広がっていたし、運河建設中の地区もある。  人工湖の周囲には、関係者の宿舎や子供たちの教育施設の建物が並んでいる。    少女の両親は、運河建設に携わる技術者だった。  彼女は未就学児なので、学校には行かない。幼年者用施設もあるのだが、不採算を理由に閉鎖中だった。  だがそれは表向きの理由で、実際は、迫りつつある火星の緊迫情勢にあった。有事のとき、施設側が責任をもって保護できないというのが、大筋の見解だった。  少女のニックネームはミルクティ。    正式名は10桁の数字と記号の組み合わせ。  地球産ダージリンティに落としたミルク色。ミルクティ色の髪をした女の子。  彼女は少し長くなってきた髪をかきあげながら、ドームの天井を見上げた。天井には疑似太陽がさんさんと輝いている。  火星の一日は24時間39分。地球の一日とほぼ変わらない。  疑似太陽はドーム生活に必要な気温変化と照明を与えてくれる。朝は寒く、昼になると上昇し、夕方になるとしだいに下降してくる仕組みだ。夜になると暗くなって、満天の星空が出現する。  お昼時だった。  ミルクティはかざぐるまと遊ぶのを止めて、宿舎に戻った。
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