ミルクティ

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 宿舎は、白いログで組まれた、プランターつきの洒落た家屋である。大きな窓があり、煉瓦造りの暖炉用煙突もあった。  テラフォーミング(地球外惑星の地球化政策)に従事する人々が持てる唯一の贅沢特権のひとつだった。  ミルクティは、樫の木でできた重い扉を開けて、中に入った。  「おかえり」と返事をする者はいない。  吹き抜けになった天窓から、外と同じ明るい陽射しが降り注いでいる。  キッチンに入り、パントリーボックスの蓋をあけた。  朝と夜は両親といっしょに食事ができるが、昼は独りで調理しなければならなかった。    調理といっても、加熱器具を使う加工はしない。  簡易包装されたパックの紐を引っ張るだけだ。発熱剤が仕込まれているので、すぐに蒸気がでてきた。そのあいだに、ポットの飲み物をカップに注いだ。ほのかに火星エリシウム産オレンジの匂いが漂う。  少女は、今度は、別のパッケージをとりだした。動物キャラクターのイラストが描かれている。封をあけて、中身を皿に山盛りにした。  マゼンタ、シアン、グリーン。いろとりどりのビーンズだ。  ビーンズの山に、エリシウムオレンジをかけて、ひたひたにしながら、顔をあげて周囲をみまわした。 「メル、どこにいるの? ごはんよ!」  吹き抜けのどこかでドアが閉まるような音がした。  糖蜜色の塊りが、吹き抜けわきの螺旋階段を駆け下りてきた。それはミルクティの肩に勢いよく飛び乗った。ふさふさして長く太い尾を首に巻きつけ、小さな舌を出して、少女の首筋を舐めた。 「きゃ、くすぐったいよ。ほら、食べなさい。あたしといっしょにランチするのよ」  ジャンボリスと呼ばれる新種の小動物である。  今から200年程前に誕生した突然変異種の哺乳類だった。  リスの仲間で、成獣は尾っぽまでの長さは一メートル近い。  火星市民が生活を共にする愛玩動物でもある。  知能も高く、人間の言語を理解することもでき、学習させると、ごく簡単な会話ができるというが、まだ言語を発したことはなかった。 調教には根気が必要で、長い時間を要するらしい。  メルは、今度は、ミルクティの腕を伝わって床に飛び降りた。  前脚を器用に使って、皿に盛られたビーンズを齧りだした。 「メル、きょうのランチはフルーツ味だからね。わかってる?」 リスは前脚で餌を抱えたまま、ミルクティの顔を見た。
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