今日も嘘を重ねる

2/2
前へ
/2ページ
次へ
嘘をつくくらいならどうして、そんな表情で笑うの。 「馬鹿だな、そうでもしないとやってらんないんだよ」 そう言って悲し気に微笑むその人は、波打ち際に裸足で立って、俺を見ている。 白いワンピースを風で揺らしながら、何度も何度も、嘘をついた。 「あの人ね、なんて言ったと思う?」 知らない。俺はその人じゃないし。 「好きだって言ったんだよ。それでも好きだって」 その人は、俺越しに誰かを見ている。その誰かなんてわかりきっているけど、でも、俺はそれを1度も言ったことはなかった。知らないふりで、ずっとその人のそばにいた。 その人はふいに海に向かって歩き出した。 「1度だって、言ってくれたことなんてなかったのに。嘘をついたから?だから、嘘をつかれたのか。ひどい、はなし。ずっと、今だって、嫌いになんてなれないのに」 ねえ、どこまで行くの。服、濡れちゃうよ。 「あの人、泣きそうなかおで言うんだよ。行かないでって。どうして、こんな気持ちにならないといけないの」 立ち止まって、水平線の向こうでも見ているのだろうか。 追いかけて、手を引いて、すぐにでも抱きしめたい。 でもそれは、俺の役目じゃない。 「嘘なんか嫌いだよ。ずっとずっと、嫌い。でも、そうでもしないと、あの人といられない」 無表情で、それでいて、涙で頬を濡らしている様は、妙に心をざわつかせた。 でも俺は、その人に触れることはない。触れたら最後、離せなくなるから。 「・・・・・・帰ろうか。少し楽になったし。ありがと」 その人はそう言って、笑った。 いつから、見ていなかっただろう。綺麗だな。 その笑顔を、あいつの前でも見せたらいいのに。 あ、ちょっと、こっち来ないで。濡れる。 「酷くない?ここは傷ついた美人を優しく抱きしめるところでしょ」 自分で言う?引くわ。まあ美人だけど。 この正直者め、と笑うその人は、もういつもの調子に戻っていた。 今日もよく出来ました、と自分に言ってやる。 俺が出来るのはここまでで、その先には踏み込んではいけない。 今日も、この気持ちに蓋をして、無遠慮な少年のふりをする。 悲しい嘘をついている。この人も、俺も。 でもそうしないと、俺たちは生きられないのだ、きっと。 そうしないと、この人のそばに、いられないのだから。 心の底で、誰かが泣いた気がした。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加