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嘘をつくくらいならどうして、そんな表情で笑うの。
「馬鹿だな、そうでもしないとやってらんないんだよ」
そう言って悲し気に微笑むその人は、波打ち際に裸足で立って、俺を見ている。
白いワンピースを風で揺らしながら、何度も何度も、嘘をついた。
「あの人ね、なんて言ったと思う?」
知らない。俺はその人じゃないし。
「好きだって言ったんだよ。それでも好きだって」
その人は、俺越しに誰かを見ている。その誰かなんてわかりきっているけど、でも、俺はそれを1度も言ったことはなかった。知らないふりで、ずっとその人のそばにいた。
その人はふいに海に向かって歩き出した。
「1度だって、言ってくれたことなんてなかったのに。嘘をついたから?だから、嘘をつかれたのか。ひどい、はなし。ずっと、今だって、嫌いになんてなれないのに」
ねえ、どこまで行くの。服、濡れちゃうよ。
「あの人、泣きそうなかおで言うんだよ。行かないでって。どうして、こんな気持ちにならないといけないの」
立ち止まって、水平線の向こうでも見ているのだろうか。
追いかけて、手を引いて、すぐにでも抱きしめたい。
でもそれは、俺の役目じゃない。
「嘘なんか嫌いだよ。ずっとずっと、嫌い。でも、そうでもしないと、あの人といられない」
無表情で、それでいて、涙で頬を濡らしている様は、妙に心をざわつかせた。
でも俺は、その人に触れることはない。触れたら最後、離せなくなるから。
「・・・・・・帰ろうか。少し楽になったし。ありがと」
その人はそう言って、笑った。
いつから、見ていなかっただろう。綺麗だな。
その笑顔を、あいつの前でも見せたらいいのに。
あ、ちょっと、こっち来ないで。濡れる。
「酷くない?ここは傷ついた美人を優しく抱きしめるところでしょ」
自分で言う?引くわ。まあ美人だけど。
この正直者め、と笑うその人は、もういつもの調子に戻っていた。
今日もよく出来ました、と自分に言ってやる。
俺が出来るのはここまでで、その先には踏み込んではいけない。
今日も、この気持ちに蓋をして、無遠慮な少年のふりをする。
悲しい嘘をついている。この人も、俺も。
でもそうしないと、俺たちは生きられないのだ、きっと。
そうしないと、この人のそばに、いられないのだから。
心の底で、誰かが泣いた気がした。
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