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 やたらに大きな真っ赤な夕陽に向かって、ランドセルを背負った少女が俺の前を歩いてゆく。  ランドセルが時折小刻みに震える理由を俺は知っている。同時にその震えに気づいていることを俺が示せば、きっと彼女をさらに傷つけてしまうこともおぼろげながら悟っていた。 「今度さー、俺の誕生日に父ちゃんが『ヒーローレンジャー』を呼んでくれるんだぜ。美菜ちゃんも来いよ」  彼女は答えない。  家が隣同士で幼稚園に入る前から一緒に遊んでいた俺が、何かというとウソばかり並べたてることを知っているのだ。 「でさー、そんときに家で新しい車買うんだぜ。それがポルシェ! 美菜ちゃんも乗せてあげるよ」  他愛もないウソの羅列。  小学二年生の俺にはそのときの自分の感情を言葉で表現することはできなかっただろう。しかし、今ならできる。ひとつは罪悪感。  美菜は、クラスでいじめられていた女の子をかばって、いじめグループのリーダーに反抗し、先生に言いつけた。その日から、いじめの対象はその子から美菜に移った。かばった子も、一緒になっていじめに加わった。そうしなければ、また自分に矛先が向くことを、感じ取ったのだろう。  同じクラスにいた俺は、何もできなかった。いや、しなかったのか。 「そんでね……」  幼い俺が言いつのろうとすると 「ウソばっかり!」  美菜が遮るようにして言った。ランドセルの震えはいつしか止まっていた。俺は駆け寄ると彼女の傍らに並んだ。  美菜は口を固く結んで正面を見据えていた。  いつもの帰り道、夕陽に向かう帰り道。振り返ると二人の並んだ影が長く後ろに伸びていた。
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