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また少し成長した高校生のころ。
ともに強豪校と呼ばれた高校の剣道部に入ると、美菜は中学時代の悔しさをバネにしてみるみるうちに強くなっていった。県で屈指の高校女子剣士と評判になり、稽古への厳しい姿勢と固い意志で『鉄の女』などと称されていた。
そんな美菜がある日突然稽古に姿を見せなくなった。学校にも来ていない。隣に住む俺が訪ねても、彼女の母親から部屋に閉じこもったまま出てこないと聞かされるだけだった。
数日後、剣道部の主将が噂を聞きつけてきた。美菜は遠征で知り合った全国レベルのA高校の選手と付き合っていたが、散々弄ばれた上にかなり手酷くフラられたというのだ。そいつは県下のみでなく、全国にもその名が鳴り響くような選手だった。
何度も美菜の家に足を運び、部屋の前で繰り返し呼びかけた。それでも返事はない。
その日も美菜の家に上がり、開くことのないドアに背を預けながらいつものように学校に出てくるように説得をしようとした。しかし、もううまく言葉が出てこない。
「……あのさ」
「……」
「お前、A高のヤツにフラれたんだってな」
「……」
「なんだよ、あいつなんて剣道がちょっとばかり強いってだけでロクなヤツじゃないぞ。A高のやつらの間でも……」
心にまだ未練が残っているのならば、かえって傷を広げるような気がした。なにより美菜はプライドが高いのだ。相手の男を見極められなかった自分を責めている可能性もあった。
「いいじゃねえかよ、もう。俺なんてそこらじゅうの女にコナかけてフラれまくってるぞ。まあミジメなもんだ。でもよ、前向いて歩いてりゃあいいことあるさ」
「……」
「お前が男運なくて三十まで結婚できなかったら俺がもらってやるよ」
「……」
「……」
「……ウソばっかり……」
呟くような声が聞こえた。俺にはキリっと口を結んだ美菜の表情が容易に想像できた。
しばらくして美菜は学校に来るようになったが、二度と道場の敷居をまたぐことはなかった。
俺と美菜との間はいつしか疎遠になっていった。それが剣道のせいだったのか、俺が零した言葉のせいだったのかは分からない。
高校卒業と同時に美菜が親の仕事の都合で引っ越していったあとは、それっきりになってしまった。
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