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 それから十数年後のことだ。    俺は東京の大学に進学し、就職口も東京で見つけた。ごく末端とはいえ夢だった出版関係の仕事に就き、毎日終電近くまで働く忙しい日々を過ごしていた。  そんなある日、手掛けていた本が校了になり、普段より少しばかり早く会社を出た俺はひとり祝杯を挙げようと新宿に出かけた。  雑居ビルの地下にある薄暗いバーは、新宿という場所柄に見合わず静かで居心地がいい、何かと理由をつけては通う店だった。  平日なので客はほとんどいない。顔見知りのバーテンに目で挨拶してカウンターの止まり木につく。マティーニを頼むと、いつものようにベルモットを香りづけ程度に使ったドライが出てきた。  一杯目をゆっくりと味わい、何気なく店内を見回した。三つあるボックス席の一番奥に女がひとり、トールグラスを抱え込むようにして俯いて座っていた。俺と同年配だろう、水商売を思わせる派手な格好に化粧。しかしその装いの下から疲れた雰囲気が滲みだしている。  そのまま通り過ぎようとした俺の眼がふと止まった。どぎつい赤に彩られた唇に何故かドキリとする。全身から溢れる倦怠感に唯一抵抗するように真一文字に引き結ばれたその唇。  カウンターを離れると、俺はその女の隣に座った。 「美菜」
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