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 あとについてリビングルームに入ると、鞄は早々と床のうえに投げ置かれていた。おかえりなさい、とキッチンから香苗が出てくる。宗像は着ていたスーツの上着を椅子の背にかけ、首を締めつけていたネクタイを緩めた。腹の底に滞っていた、重苦しい空気が解放される瞬間だ。存分に息をはくと、代わりの新鮮な酸素を吸いこんだ。  香苗が目配せであつしを示し、プレゼントは、と声に出さずに聞いてきた。すっかりしょげ返った背中には、つい今しがたまでの期待に満ちあふれた輝きはない。 ――そろそろかな。  香苗には同じように無言のまま笑顔を返して、紙袋を手に、小さくなったあつしのもとに歩み寄る。テレビから目も離さず、横からでもへの字に曲げた口もとがよくわかった。泣きたい気持ちを一身に滲ませ、必死に耐えている様子を見ているだけで、意地の悪いことをしてしまったと、宗像は大人げない自分を恥じた。  父親の存在に気づいていながらも無視しつづけている息子の頭のうえに、持ち手をつかんだまま紙袋を置いた。最初は手も使わず頭を横に倒して落とそうとしていたが、乗せられているものが何かわかると、にわかに表情に明るさを取り戻した。大袈裟にはしゃいで奪うように袋をとると、礼もいわないうちに包みを破りはじめる。包装紙を透けて見えるロゴに喜びを高め、箱があらわになったときには包み紙は柄もわからないほど皺だらけになっていた。 「やった、最新式。父ちゃんありがと」  品のない、とすぐさま香苗が文句をいった。     
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