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 あつしの耳からイヤホンを引き抜く。あつしは手足をばたつかせながらプレゼントを返すようねだったが、ついには今日一日親の許可なしに音楽を聞くことを禁じられた。それからというもの、あつしはふたりの機嫌をとるため、うるさいほどに話をやめなかった。こんなものがそれほど大事なの、と香苗は顔をしかめてあつしに問うたが、臆することなく首を縦に振った。 「もういいだろう」  せっかくの誕生日にわざわざ嫌な思い出を作ってやる必要はない。宗像は香苗に小さく頷いて、あつしを見据えた。 「わかってんだろう」  普段はおちゃらけた態度で煙に巻こうとするあつしに、まだ父親の威厳が通じていることを、ひそかにほくそ笑む。  ついこのあいだまで、香苗の乳房に吸いついていたと思ったのに、知らないうちに自分の意思で考え、動きはじめている。あと一〇年も生きれば社会人として世に立つ。そのころには親のことなど意に介さず、やりたいようにやるはずだ。結婚して自分に子ができてはじめて、親の苦労に気づく。自分もそうだった。若い時分はひとりで勝手に大きくなったつもりで気ままにしていたが、両親がどれだけの想いで育ててくれたのか、今なら痛いほどわかる。あつしが独り立ちできる日まで死ぬわけにはいかない。香苗がプレーヤーをあつしに手渡す。ふたりが楽しげにしている姿をバックミラーで確認しながら、宗像は胸のうちであらためてふたりの幸せを誓った。     
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