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 雷光に照らしだされた人物は間違いなく息子だった。闇に目を凝らす。稲光。一瞬のまばゆさのなかうかびあがった達也は、血に染まった顔を拭うことなく、ただ呆けていた。 ――達也!  声はしっかりと出ていたのか。ふたたび影となった姿は、呼びかけに反応しなかった。手には小さく細長い何かが握られていた。雷鳴を伴った激しい光に反射して青白く輝いている。足もとで硬い音がした。驚いて下に顔を向けると、いつの間に手放してしまったのか、受話器が転がっていた。その音にも目の前の影は身じろぎひとつしない。雷が激しさを増す。一瞬、瞼を閉じる。そのあいだに達也の姿は消えていた。慌てて居間を捜す。ひっくり返った卓袱台が押し入れの襖を破り、床の間に飾られていた花が畳のうえに散乱していた。達也はそんななか、部屋の中央に正座をしていた。 「達也!」  今度は確かに自身の声を聞いた。ゆっくりと、辺りを見回すように振りむく息子の頬を、涙が伝い、流れていた。泣いている。 「……親父ぃ……」  肩を抱きかかえるために歩みを進めようとして、思わず息をのむ。 ――包……丁……なのか?  青白く光る小さな包丁の刃は、ほかの誰でもない、達也自身の手で達也の首元に突きつけられていた。 「お前……いったい何をして……」  足を踏みだす。 ――痛っ!     
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