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たいてい血を流して這いつくばっている相手を見下ろしていれば気も鎮まっていったが、その日は違った。途切れない音楽に興奮はいっこうに覚める気配を見せず、胸のうちがくすぶりつづけていた。地面では男たち泡を吹いて倒れている。彼らから視線を外すと、自分たちを囲んで人だかりができていた。
――そろそろ逃げ時か。
辺りをうかがっていると、輪のなかに達也を凝視している目があった。ずっとこちらを睨みつけていたのか、たまたま通りかかった際に視線が交わっただけなのかは定かではない。それでも、達也はその一瞬を見逃さなかった。気になって声をかけようと近づくと、女は身をひるがえし、逃げようとした。何も危害を加えようと思っていなかっただけに腹立たしい限りだった。とっさに腕をとり、怒りのこもった声で、あらためて遊びにいこうと誘った。女は達也の申し出を怯えながら、けれども瞳には明らかな嫌悪をもって断ってきた。予想以上の強い抵抗にとまどったが、無理やり思いどおりにすることは簡単だった。
加えて、状況が感情をいっそう昂らせた。
――恥をかかされた。
一度たりともふられたことがないなどと吹聴する気もないが、ひと息に達也の怒りは抑えの効かないものとなった。
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