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みなもさま ~本懐~
弥兵衛は旅の途中だった。国元を離れてどれくらいだろうか……兄の敵を討たんがためどれくらい歩いただろうか……
国元を出たときには元服したばかりだった弥兵衛の体は細身で色も白く、とても仇討ちなどできるようには見えなかった。
だが、旅をを続ける内に、すっかり肌は黒く日に焼け、細身であった体もいまや別人のようになっていた。
果たして、その旅の過酷さたるや想像に難くないだろう……
「やれ……この先に村があるとは聞いたが……どれほど先か……」
照りつける日差しの中、弥兵衛は汗をかきながら山道を登っていく。この先の村に敵が居ると聞いてはきたが……
「このような山奥の村に、よもや隠れていようとはな……」
細い山道を登り、岩を越え……弥兵衛は登っていく。照り付ける太陽がジリジリと弥兵衛の体を焼いていく……
やがて、小さな水の音……ひやりとした空気……
木々の間に隠されたような小さな泉……こんこんと湧き出る清水……乾いた喉と体に、それはまるで甘露の様にみえた。
「ありがたや……かような場所で水とは……」
渇きに渇き切った喉に、一刻も早く水を……と近づいた弥兵衛だったが、池の奥に小さな祠を見つけた。
手入れもされず、いつ朽ちても良いような古く小さな祠ではあったが、何か人外ならざる雰囲気を感じた弥兵衛は恭しく近づき手を合わせた。
(御前の水を少々頂かせていただきます。願わくば、敵に出会い本懐を遂げられる力水となりますように……)
一頻り念じ、弥兵衛は池の水を一掬い口に含む。
「なんと……なんと旨い事よ……」
冷たい清水。同時にひんやりとした空気が弥兵衛を包む。強い日差しに身を置き続けた弥兵衛の体には、その両方が染み込むようであった。
「助かった……これこそ恵みか……」
手近な岩に腰を下ろし体を休める。木々の陰、吹き抜ける風が何とも気持ちよく弥兵衛は目を閉じた。
その時であった。
「ほう、侍とはめずらしいのお」
鈴の音のような声が聞こえた。弥兵衛はとっさに刀に手を掛けると辺りを見回す。そして息を飲んだ……
清水を湛える池の水面……そこに白い着物の女が立っていたからである。
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