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――ダンッ!
「ちょっと、鮎佳! ねぇ、聞いた? 噂、噂っ!」
――ダン、ダンッ!
「あの、う、わ、さっ!」
「……ひかる。人の机を力任せに叩くのは、やめて。日誌が書けないでしょ」
いったい、何をそんなに興奮してるのか。バレー部で鍛えた腕力で私の机を思いっきり叩くのは、やめてほしい。
最初の一撃で書き損じた字を消しゴムで消しながら文句を言えば、今度は両手が机上に降ってきた。
「もう! 朝イチに日直日誌に何を書くことがあるのよ。そんなの、取りあえず名前だけ書いて放課後までほっときゃいいってば。そ、れ、よ、り! 大ニュースなのよぅ。聞いて!」
――風光る、春。開け放たれた窓からは、朝の陽射しが白く眩く射し込み、ほのかな花の薫りも風に乗って教室に運ばれている。
けれど、興奮してるひかるには、鼻先をかすめていく甘い薫りがくれる風情はどうでもいいみたい。隣のクラスで仕入れてきたという噂を私に聞かせることしか頭にないようで、その大人っぽいハスキーな声でまくしたて始めた。
そして、聞き慣れた親友の声が聞かせてきた、『大ニュース』。意外なその内容に顔がひどく強張ったけれど、私は何も言わず、窓の外の景色にゆっくりと視線を移す。
息が、しにくい。苦しい。
酸素が足りないのか、陽射しを反射した窓枠の白光を視界に入れただけでクラクラする。
ひとつ息をつき、降り注ぐ春の陽光に目が眩んだふりをしてそのまま静かに目を伏せる。
もう一度、今度は深く長く、静かに息を吐いた。今、聞かされた言葉を消化し、自分の中に浸透させるように。
……あぁ、とうとう。
とうとう、〝この日が来た〟のだと、わかった。
その噂は、私への最後通牒。
大好きな、あの人。たったひとりの『彼』を諦めるための——。
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