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内なる猫に戻ったシロシャンは、そう教えてくれた。
僕らは栞ちゃんの膝の上で丸くなるトロの中で、彼女の心境の変化に寄り添ってきたシロシャンの話しを聞き続けた。
「彼女はね、川が氾濫した晩に失った意識の中で夢を見ていたんだって。流される自分を誰かが助けてくれる夢を。深い眠りから目覚めるようにあんたがキスしてくれた夢を」
そんなことを言われると、どうしていいのか分からない。僕の心は苦しくなる。猫の身体を間借りした僕は心だけの存在だから、存在が、存在の全てが、僕の全てが苦しくなった。
「その夢がある限り、彼女は生き続けようと思ったの」
シロシャンはそれを最後に口を噤んだ。
夢は写真に似ている。薄れていく現実の遠い想い出よりも、夢の瞬間を反芻し輪郭線を何度も重ね描くことで、色褪せても残り続ける。
仏壇に飾られた僕の笑顔が、そう言っている気がした。
「じゃあ私、遅くなると御祖父様が心配するから帰るね。今までありがとうねシロシャン。あなたと別れるのは寂しくなるけど、新しい猫ライフを満喫してね。またここに会いに来るから」
栞ちゃんはトロを膝から下ろすと、もう一度僕の遺影に手を合わせ去っていった。
僕はとうとう、ここ--トロの中--に居ることを告げられなかった。でも、いつかまた、ここ--僕の家--で会える。その時に気が付いて貰えればいい。
「取り敢えず、今日はさようなら栞ちゃん。また近いうちに」
僕は猫の口でそう言った。
空気を振るわせる音は、「ニャー、ニャー、ニャオ、ニャオ」としか響かなかったけれど。
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