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「あんたって本当に鈍感ね。栞が内なる猫のあんたに気が付いてなかったと思ってるの? 私の心は彼女の肉体を共有していたのよ。私があんたに気が付いたってことは、栞もあんたの存在に気が付いていたってことよ。だから猫のあんたを抱きしめてキスしたのよ……自ら」
シロシャンが僕に向かって言った。
だから彼女は泣いていたのか。
その晩、僕は久しぶりに夢を見た。
海風に吹かれながら、くっきりとした輪郭線で世界と繋がる美しい黒髪の少女に向かって、カメラのピントを合わせている夢を。
「おはよう紳士たち。私を港に連れて行ってよ」
寝惚けた瞼が朝の陽の侵入を拒むのに忠実なトロは、頑なに顔を上げようとしないが、シロシャンは外へ出かけようと即す。
「ワニのときは仕方なかったけど、どうもオスの身体ってのは違和感あるのよ。港に行けば知ってるメス猫いるかもしれないから、そっちに引越しするわ」
「なるほどですね。それじゃぼちぼち出掛けますか」
トロはそう言いながらも、朝食のコロコロを齧ったり、水を飲んだりで、のんびりしていた。なんだか僕が飼っていた昔のトロが戻ってきたようで嬉しかった。
この家の、形容し難い猫への優しさのような雰囲気が、僕らから急く気持ちを奪っていた。
鬼の形相で見下ろすシロシャンに尻を蹴り上げられて、慌てていつもの素早いトロに戻った。
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