● アイ・ダンス・アローン 

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● アイ・ダンス・アローン 

 僕は今日も見目麗しい街が隠した虚数部分に潜って害獣を追い回す。罠を仕掛けたり薬剤を撒いたりの一仕事を終えて、見えないどこかで息絶えているだろうドブネズミの亡骸のことを考えながら、表向きの美しさの陽に照らされた路上に戻って定例の悼みを捧げる。  本当に駆除しなくてはいけないのはドブネズミやカラスなんかじゃないのかもしれない。職業的な使命感が肥大し、都市生活の美しさにそぐわないモノは全て駆除しなければならないと強迫観念に駆られることがある。  僕は作業靴の踵を軸にして、背負ったポンプの重さを遠心力として利用し、踊るように小さくくるりと回りながら、今居る場所の三百六十度のパノラマを見渡した。噴霧器のホースの先の細長いノズルを機関銃のように構える。 「ターゲット発見!」  バス停の風上で、隣に赤ん坊を抱いたお母さんがいるのに煙草を吹かし、火の点いたままの吸いがらを投げ捨てた油ぎった顔の中年サラリーマン。彼を射殺した。  宵の口にもなっていないのに脱いだハイヒールを手に持って千鳥足で歩き、往来の人々に絡み悪態を吐き、挙句の果てに躓き倒れそのまま地面に寝嘔吐する派手な見目の女性。彼女も射殺した。   誰も注目していないのに、喧騒的な排気音を垂れ流しながら何度も目抜き通りを往復する珍走団。奴らを全員処刑した。  道路の中央に糞を落とす運動不足の大型犬と、粗相を見て見ぬ振りして片付けもしない飼い主。もちろん奴も抹殺完了。犬は見逃してあげた。  街の美観を考えるならば、今現在の僕の視界の中にある不快な佇まいのそれらこそ、駆除の対象だと思ったりもする。だから見えない機関銃を撃ちまくる。  なんか文句あるのかよ、と言いたそうな高圧的な表情の大型犬と飼い主は、怪訝に見つめる僕を睨み返す。  僕は我に返り、咄嗟に目を逸らし自分の仕事に戻る振りをした。 「ああっ、やつら本気で徹底的に駆除してえ」  薬剤ポンプを背負った水色のツナギ型作業着姿の僕は、ゴーグルと防塵マスクで再び表情を隠し、見えないそれを非情なエクスタミーネーター気分に転化し、激昂の炎を再び点火させる。  しかしあくまでも皆殺しは空想に過ぎず、害獣駆除人の仮面の裏側の表情は、いつもの僕の、少し困ったような、虫も殺さぬ穏やかさだって言われる情けない顔だ。  破壊願望は僕の虚数部分の感情だ。  
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