眠り姫を起こすキス

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眠り姫を起こすキス

校庭の奥、芝生が広がる所に一本の欅。 その下でうとうとするのがお気に入り。 お弁当を食べて、大きく伸びをした。 校舎から死角になっていて、ちょっとした秘密の場所。 心地いいと、つい5時間目が始まったのも気づかないまま寝過ごしてしまう。 「あふ……」 春も過ぎて、気温は夏日に近い。 でも木陰は涼しい。 ちょっとだけ。 そう思って芝生の上にぽふんと横になった。 青い匂いがする。 少しチクチクしたけど、それも慣れる。 眠い。 こういう日は、なんにも考えずに寝るのがいい。 ……夢? 気持ちよくて、ふわふわしてる。 ふと鼻をくすぐったのは、柑橘系の香り。 周りにシトラスのケーキが不意に現れた。 それもたくさん。 大口あけて目の前のケーキを頬張る。 甘酸っぱい。 夢だからダイエットなんて気にしない。 なんて幸せな時間。 このまま覚めてほしくない。 その時、空気が動いた気がした。 青い匂いが一瞬強くなって、地面が少したわんだ。 ケーキを食べる手をとめた。 シトラスの香りが強くなった。 ふっと世界が陰った。 誰か、いる? それは、現実の私が身じろいだのと同時だった。 唇にやわらかな感触。 少しひんやりして。 レモン? それともミント、の味? でもこれは。 ……キス? ぱちりと目を開けた。 太陽に透けた欅の葉が幾重にも落ちてくるような空。 体を起こした。 見回しても、誰もいない。 でも唇に残った感触に、呆然とする。 誰かに、キスされた。 辺りに残る、シトラスの香り。 そしてさっきまでそこになかった、キャンディ。 ころんと、ひと粒。 レモンイエローの鮮やかな包み。 そっと開くと、琥珀がかったキャンディが転がり落ちた。 甘酸っぱい。 舌の上に広がる、レモンミントの味。 さっき唇に触れた味。 誰か、いた。 私をキスで起こしたのは、誰?
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