第二章 追い打ち

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 同期はみんな知らなかったけど、わたしと斉藤くんはつきあっていたのだから、そりゃあ仲がいいに決まっている。文房具を借りるという名目でお互いの席に寄ったりとか、会議でわざと隣に座ってみるとか、誰もいない給湯室でこっそりキスしてみたりとか。そういうオフィスラブの醍醐味ともいえる秘密をずっと楽しみつつ、どうしても隠し切れない二人特有の親密な雰囲気を醸し出していた自覚は正直あった。  こんなことなら、さっさと二人の関係をオープンにしていればよかった。いや、秘密にしていた最大の理由は、もしも別れたときにお互い会社にいづらくなるようなことがあったら困るからだったのだが。でもそんな話題を口に乗せつつ、当時のわたしたちは笑っていた。どちらも、いや、少なくともわたしは信じていたのだ。二人の関係はいつまでも続き、最終的には彼と結婚するのだろう、と。  というか、『仲がいい』とは具体的にはどういう関係をさすのだろうか。週末はどちらかの家でまったりと過ごすのが定番だったのだが、そんなわたしと斉藤くんは、いったいどういう関係だったのだろうか?  哲学的な思索に耽りだしたわたしに、菊池はやはりかまうことなく妨害するように声を掛けてきた。 「いいじゃん、行こうぜ。飛行機代あっちもちで、有休付け足して堂々と遊びに行けるんだぜ? お前、温泉と日本酒好きじゃん」 「好きだよ? だけどそれとこれとは」 「はい、それじゃ決まりっと」  ばしん。  叩きつけるようにエンターキーを打つのは菊池の癖だ。  だけど今日の打ち方はいつも以上に強くて、わたしは思わず菊池のほうを見てしまった。     
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