第一章 死にたい

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 普段はそれでもためらいがちに出てくるフレーズだというのに、今日はどれだけ発しても罪悪感がまったくわいてこなかった。 (……ああそうか。わたし、もう死ぬことに罪を感じもしないんだ)  腑に落ちると、すとんと気持ちだけは定まった。 (この人生、この命を捨てることになんの罪悪感もなくなってしまったのかあ……)  こういうとき、真っ先に思い浮かぶのは斉藤くんのことだった。斉藤くんの笑顔や抱擁、頭をそっとなでてくれる手のひらの温かさを思い浮かべれば、それで大抵は気持ちが落ち着いた。  だけどもうわたしには恋人はいない。  唯一の人はいなくなってしまった。  こういうとき、疎遠となっている家族の顔は思い浮かばない。  仲の良い友達もいない。就職を機に上京し、これまた疎遠になってしまっている。  わたしには生を繋ぎとめたいと思うほどに執着するものが他に何もなかった。  趣味はない。特技もない。やりたいことも行きたいところもない。遊びたいことも観たい映画もアニメも、読みたい小説も漫画も何もない。もともと、一日の大半を占める労働に嫌気がさしているのだ。死ぬことでこの労苦から逃れられる、そう思うと逆に心が軽くなるくらいだった。 「死にたい……」     
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