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まだ十歳だというその男の子は、ずかずかとわたしの領域に侵入してきてそう偉そうにのたまった。その口には今、冷蔵庫を勝手に開けて獲得したアイスバーが咥えられている。黒のパーカー、黒のパンツ。さらさらとした艶のいい髪。冷めた表情に冷めた口調。一見すると高校生、いや大人に見えなくもない空気をまとっているくせに、口の端に垂れるバニラの乳白色が、この子――リュウをガキにしか見せない。
「覚えてないって言ってるでしょ」
「またまたあ。俺だよ、リュウだって。姉ちゃんの母さん、それに兄ちゃんの」
「それはさっきも聞いた」
どうやらわたしとリュウは遠い親戚関係なのだと言いたいらしい。だけど母さんの兄さんの、と聞いても頭が回らないのだから理解できない。空腹はピークを通り過ぎ、今はただただ疲労困憊していた。強い倦怠感は抗いがたいほどだ。こうして見知らぬガキの相手をしているよりも、さっさと布団をかぶって寝てしまいたい。寝たい、と素直に思えるだけでも今のわたしにとっては随分な進歩だ。さっきはもう本当に危なかったから……。
それにリュウの言うことが事実かどうかを確かめるすべはない。親とは完全に縁を切っているし、唯一の兄弟、兄は海外を放浪中だし、交流のある親戚も一人もいない。
とはいえ、その理由をこの初対面のガキに言う理由も必要性もなかった。だからなぜまったく接点のないわたしの元に来たのか、その理由すらいまだに問えないでいる。問えば、血縁に対するみじめでうすら寒い思いが露見してしまう気がした。
「それにしても」
寝転がっていたベッドから飛び降り、あらためてリュウに向かい合った。
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